小さな恋のトライアングル
「えーっと、35階だったよな?ん?レストランの名前ってなんだっけ?」

スーツに身を包んだ潤が、ホテルのエレベーターホールで案内表示を見ながら真美に尋ねた。

「そう言えば、お店の名前は聞いてないです。ただ、35階とだけしか」
「だよな。けど、35階は何も案内がないんだよなあ。レストランは33階より上にはなさそうだし」

とにかく行ってみるか、と潤は真美を促してエレベーターに乗った。

ポーンと35階で扉が開くと、タキシード姿のスタッフがうやうやしく頭を下げるのが見えた。

「お待ちしておりました、五十嵐様。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「あ、はい」

面食らいつつ、潤は真美を腕に掴まらせてスタッフのあとをついていく。

重厚なダークブラウンの扉の前まで来ると、スタッフはゆっくりと3回ノックした。

「五十嵐様をご案内して参りました」
「どうぞ」
「はい、失礼いたします」

スタッフが扉を開けると、潤と真美は姿勢を正して中に足を踏み入れる。

そこはまるで宮殿の貴賓室のような空間が広がっていた。

高級家具でまとめられたラグジュアリーな雰囲気に、二人は思わず息を呑む。

正面の大きな窓から見える夜景に目を奪われていると、スッと背の高い男性が立ち上がったのが見えた。

「初めまして、三原 (いつき)と申します。本日はご足労いただき、ありがとうございます。潤さんと、真美さんですね?」

まるでテレビの中のイケメン俳優に話しかけられたかのように、二人は一瞬言葉を忘れる。

「あ、はい。五十嵐 潤と婚約者の真美です。姉がお世話になっております」
「とんでもない、こちらこそ。どうぞお掛けください」
「はい、失礼いたします」

スタッフが引いてくれた椅子に二人が腰を下ろすと、樹は立ったまま深々と頭を下げた。

「まずはお詫びいたします。都さんをこんなにも長い間一人にさせてしまったこと、一人で岳くんを産んで育てるという苦労を負わせてしまったこと、岳くんに父親として名乗らずに来たこと、本当に申し訳なかった」

潤と真美も慌てて立ち上がる。

「そんな、俺達に謝る必要はありませんから」
「いや、彼女から聞きました。お二人がいつも岳くんに良くしてくれていることを。そして今回も、彼女と私のことを考えて、色々と計らってくれたと。本当にありがとう」
「もうその辺で。頭を上げてください、三原さん」

促されて樹はゆっくりと顔を上げた。

「今日は色々、三原さんとお話したくて参りました。どうぞよろしくお願いします」

今度は潤と真美が頭を下げる。

「こちらこそ。では早速、お食事をご用意しますね」

そう言って樹が目配せすると、控えていたスタッフがスッと静かに歩み寄ってグラスを準備した。

「アルコールは召し上がりますか?」
「いえ、車で来ましたので。真美は?」
「私も今夜はノンアルコールにします」

3人はスパークリングウォーターでささやかに乾杯した。
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