小さな恋のトライアングル
「ただいまー」

車で埼玉の真美の実家に着くと、まずは桁違いに大きなお屋敷ではないことに潤はホッとする。

だが閑静な住宅街にある大きな洋風の一軒家は真新しく綺麗で、真美が何不自由なく大切に育てられたであろうことがうかがえた。

門扉を入り、アプローチを進んで玄関を開けた真美に続いて、潤も後ろに控える。

「あら、真美。おかえりなさい」
「ただいま、お母さん。お父さんは?」
「いるわよ。もう朝からソワソワしちゃって、何度もスーツを着替えてるの。笑っちゃう」
「ふふっ、お父さんも緊張してるんだ。じゃあ、あれかな?ちゃぶ台返しとか、やりたいのかな?」
「ああ、娘はやれるかー!ってやつ?ちょっと憧れてるかもね」

聞こえてきた真美と母親の会話に、ギクリと潤は身を縮こめた。

「潤さん、入ってください」

真美が振り返って声をかけ、潤は頷いて玄関に足を踏み入れる。

「失礼いたします。初めまして、五十嵐 潤と申します。本日はお時間を頂戴しまして、誠にありがとうございます」
「あらやだ!なんてかっこいいの。初めまして、真美の母です。素敵な方ねー、真美。ちょっと、お父さー……、わっ!びっくりした」

母親が振り返って2階に声をかけようとすると、廊下の角から顔を半分出して、こちらの様子をうかがっている父の姿があった。

「そんなところで何やってるのよ?怖いからちゃんとこっちに来て」

母に手招きされて父はじわじわと近づく。

「初めまして、真美の父の望月 修一です」
「初めまして、五十嵐 潤と申します。本日は折り入ってご挨拶に参りました。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。さあ、上がってください」
「はい、失礼いたします」

和室に入ると、潤は座布団の横で正座し、手土産を差し出した。

「ご丁寧にありがとうございます。まあ、美味しそうなケーキ!早速いただいてもいいかしら?」
「はい、もちろんです」

立ち上がって紅茶を淹れに行く母に、手伝おうと真美も立ち上がると、いいから、と母に止められた。

確かに父と潤をいきなり二人にするのは気まずそうで、真美は再び潤の隣に腰を下ろす。

「潤さん、掘りごたつですから、足を崩してくださいね。お父さんも」
「ああ、そうだな。五十嵐さんも、どうぞ楽にしてください」
「はい、ありがとうございます」

3人で座り直すと、えーっと、と父が切り出した。

「五十嵐さんは、その若さで既に課長でいらっしゃるとか。素晴らしいですね」
「いえ。比較的新しい事業部なので、私が特別若い訳ではありません。小さな部署ですし、課長とは名ばかりの未熟者です」

するとティーポットとカップを運んできた母が会話に加わる。

「時代が違うわね、お父さん。こんなにイケメンで若い方が課長さんだなんて」
「母さん、イケメンは関係ないだろう?」
「あるわよー。毎日一緒に働くなら、イケメンのもとで働きたいわ。ねえ、真美。あなたも毎日イケメンの五十嵐さんと一緒に働いてるうちに、好きになったんでしょう?」

真美が、いや、あの、と否定しようとすると、潤が先に口を開いた。

「いいえ、私の方から真美さんを好きになりました。もちろん会社での真美さんの仕事ぶりも信頼しておりましたが、私が本当に真美さんに惹かれたのは仕事の場ではありません」
「あら、じゃあ一体真美のどこに?これと言って取り柄もない子ですけど」
「私は訳あって、海外に出向中の姉の息子を預かることになったのです。まだまだ手がかかる4歳の甥に、叔父としてどう接しようかと悩んでいた私を、真美さんが助けてくれました。真美さんは純粋で優しく、子どもの心に寄り添える温かい人です。甥も私も、どんなに真美さんに救われたか分かりません。そして今も、真美さんは私の家族を大切にしてくれています。私は真美さんに心から感謝し、一生をかけて真美さんを幸せにしたいと思っております」

まあ……と母は目を潤ませる。

「そう、真美のそんなところを見てくださっていたのね。この子は、子どもの頃から引っ込み思案で、なかなか思うようにお友達とも遊べない子でした。親としてはそれが心配で……。きっと男性とおつき合いするのにも消極的でしょうから、結婚も難しいかなと思っていました。それがいきなり、結婚したい人がいるから会って欲しいって言われて、もうびっくり!ねえ、お父さん。しかもこんなに素敵な方と。ああ、本当に良かったわね、真美」
「お母さん……」
「真美。あなたは親戚が集まる場でも、大人との会話より、従兄弟の小さな子ども達を集めて面倒見てるでしょう?誰もその姿に気づかない。大人達がお酒を飲んで盛り上がっている横で、あなたは子ども達が退屈しないように、楽しくお話している。なんて言うのか、真美は道端に咲くタンポポみたいな子だなって思ってたの。母親から見ればいいところはたくさんあるけれど、果たしてあなたの良さに気づいてくれる人なんているかしら?って。だけど、五十嵐さんは真美をちゃんと見てくださっていたのね。お母さん、それが何より嬉しいの」

照れくさそうに目に浮かんだ涙を拭う母に、父も頷く。

「そうだな。真美は控えめで大人しく、真面目な子だ。親としてはそれでいいが、時代の流れには乗れないだろう。今どきの女の子はみんな、バラのように華やかだ。タンポポに目を留める人はなかなかいない。真美は好きな人が出来ても自分から打ち明けたりはしないだろうから、寂しい思いをするんじゃないかって気をもんでいた。それが五十嵐さんのような素晴らしい人に慕われるなんて。親にしか分からない真美の良さを気づいてもらえたなんて。父さんも、それが何より嬉しいよ」
「お父さん……」

真美の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

「五十嵐さん、私達は心からあなたに感謝いたします。どうか娘のそばにいてやってください。よろしくお願いいたします」

両親は揃って頭を下げる。

「そんな、こちらこそ。お二人の大切な真美さんを、私が必ず幸せにいたします。真美さんの温かく優しい心を守り、いつも笑顔でいてくれるよう、どんな時もそばにいます。どうか、私を真美さんと結婚させてください。よろしくお願いいたします」

潤は正座をし直し、両手をついて深々と頭を下げた。
真美もその横で頭を下げる。

皆で頭を下げ続け、沈黙が広がる中、やがて母がふふっと笑った。

「これ、誰かが『はい、カットー!』って止めてくれないのかしらね?」
「ははは!そうだな。やめ時が分からん」

両親のセリフに、真美も潤と顔を見合わせた。

「確かに。あ!すっかり紅茶も冷めちゃった。私、淹れ直してくる」
「いいよ、真美。それもなんだかいい思い出だから」

潤がそう言うと、両親も顔を見合わせて笑った。

「確かに。何十年か経ったら思い出して笑いましょ。あの時、すっかりぬるくなった紅茶とケーキを食べたわよねーって」
「ああ、いい思い出だ」

そして4人は、ぬるい紅茶とふにゃっとしたケーキを食べながら、美味しい!と笑い合った。
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