小さな恋のトライアングル
4月に入ると、保育園で岳の進級式が行われた。

新しいクラスと担任の先生が発表され、ロッカーの荷物や下駄箱の靴を移動させる。

帰り道、都と樹は岳を真ん中にして手を繋ぎ、先生の話を思い出していた。

「この1年は小学校へ上がる準備の年ですって言われたでしょう?だから徐々にお昼寝の時間もなくしていくんだって」
「なるほど。確かに幼稚園ではお昼寝なんてないからな」
「そうなの。幼稚園に通ってる子に比べたら保育園児って、机に向かって何かに取り組む時間も少ないから、この1年でそういうことも意識していくんだって」

すると話を聞いていた岳が顔を上げる。

「ゆずちゃんにもいわれた。しょうがっこうにいったら、ママじゃなくておかあさんってよぶんだよって」
「あら、ゆずちゃんがそんなことを?そうなのね。きっとそこがちょうどいい変わり目なのかしらね」
「だからさ、おれもこれから、おかあさんってよぶれんしゅうする」
「えー、そうなの?なんかそれも寂しいな」

そうだな、と樹も少し考え込んだ。

「岳、無理しなくてもいいと思うぞ?男の子は大きくなるにつれて、自然に呼び方が変わっていくから」
「そうなの?いつきはずっとママっていってた?」
「いや、俺は最初から『おかあさん』だったんだ。そこから『母さん』に変わって、今は『おふくろ』って呼んでる」

おふくろー?と岳は聞き返す。

「ふくろに『お』をつけるのか?なんのふくろ?」
「確かに。そう言われれば、なんで袋なんだろう?」
「なんだよ。いつきもわからないのか?」
「うん、ごめん」
「まあ、いいよ。こんどいっしょにべんきょうしよう」
「ありがとう」

真面目な二人の会話に、都は必死で笑いを堪える。
どうにもこの二人の雰囲気がおかしくて仕方なかった。

「ママのことをおかあさんってよぶのはむずかしいけど、いつきのことをおとうさんってよぶのはかんたんだな」

不意に口にした岳の言葉に、都も樹もハッとする。

「だってパパってよんでないから。さいしょからおとうさんでもいい?」

顔を上げて聞いてくる岳に、樹は急いで頷いた。

「も、もちろん!」
「そっか。じゃあな、おとうさん」
「え?ここで別れるのか?」
「あ、まちがえた。じゃあ、おとうさんな、のまちがい」
「う、うん。じゃあ、お父さん、な」
「うん」

また前を向いて歩き始めたものの、樹の視界はぼやけて見えない。

「おとうさん。かえったら、おふくろのふくろについてしらべるぞ」
「うん、分かったよ、岳」

岳と繋いだ手をギュッと握りしめながら、樹は必死で涙を堪えていた。
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