小さな恋のトライアングル
「あの……」
「何かな?」

優しく聞き返す口調が樹に似ている、と都はぼんやり思いながら口を開いた。

「息子の名前は、岳といいます」
「まあ、がくくん?」

これまでずっと黙っていた母親が身を乗り出してきた。

「はい、山岳の岳です。どんなに険しい山にも立ち向かい、乗り越える強さを持った子に、との願いを込めてつけました。樹さんと同じように、漢字一文字で」
「そうなのね、なんて素敵なお名前かしら。岳くん……」
「目元が樹さんとそっくりな子です」

そう言って都はスマートフォンを取り出し、画面を操作してから二人に差し出した。

「まあ!」

食い入るように画面を見つめた二人の目から、みるみるうちに涙が溢れる。

それは樹が岳を抱いている笑顔の写真。

まるで生まれた時から一緒にいるかのように、二人は仲良く見つめ合い、自然な雰囲気で笑っていた。

「樹と、岳くん……。親子だな」
「ええ、とっても幸せそう」

何度も涙を拭いながら、樹の両親は写真を見つめる。

「あの、よかったら他の写真もご覧になりますか?」
「ぜひ!いいかしら?」
「はい、ちょっと待ってくださいね」

都はアルバムを開いて二人にスマートフォンを手渡した。

「どうぞ。ご自由にご覧になってください」
「ありがとう!」

母親が受け取り、指で写真をめくるのを、父親は頬をくっつけんばかりに覗き込む。

「わあ……、おおっ!可愛いー、うんうん」

二人の息の合ったリアクションに、都は吹き出しそうになった。

「まあ!これは?」

ん?と都は画面を覗き込む。

「あ、これは私の弟の結婚式で、リングボーイをやった時の写真です」
「そうなのね、なんてかっこいいのかしら。弟さん、ご結婚なさったのね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」

すると父親が遠慮がちに聞いてきた。

「都さんは、その……、樹とは、その予定はないのかい?」

え?と都は首を傾げる。

「つまりその、樹との結婚は、やはり考えられないかな?」

父親がそう呟くと、母親も神妙な表情になった。

「そうよね。6年前に私達が反対したばっかりに……。本当にごめんなさいね。岳くんにも申し訳なくて」

「いえ、あの、えっと」

都はどうにも調子が狂ってしまう。
ここに何をしに来たのかも思い出せなくなっていた。

「無理を承知でお願いさせて欲しい。都さん、どうか樹を拾ってやってくれないかな?」
「ええ?!拾うだなんて、そんな」
「そうだよな。岳くんにとっても、いきなり現れた樹は受け入れがたいだろう。それなら、ほら。岳くんの運動会とかに登場する、レンタル父親とかはどう?」
「レ、レンタル父親?!あの、岳は樹さんのこと、ちゃんとおとうさんと呼んでいます」

えっ!と二人は絶句する。

「ほ、本当に?岳くんは、樹を父親だと思ってくれているってことなの?」
「はい。誰も岳に、樹さんが父親だとは伝えなかったのですが、岳が自分でそう感じ取ったみたいです。パパじゃなくて、最初からおとうさんって呼んでもいい?と聞いてました」
「そんなことが……」

二人はまたハラハラと涙をこぼした。

「ありがとう、岳くん。私達、あなたを樹から引き離してしまったのに、幼いあなたが樹を受け入れてくれたなんて……。都さん、本当にごめんなさいね。どうかこれからは幸せになって。身勝手だけど、私達は心からそう願っているわ」
「そんな……。もう泣かないでください。私も岳も、もう充分幸せですから」
「ありがとう、都さん。どうして私達はこんなにも罪深いことをしてしまったのかしら。どうやって償えばいいのかも分からない。こんなにも可愛らしくて優しい岳くんから父親を奪ってしまったなんて……。ああ、もう、どんなに謝っても足りないわ」
「えっと、ですから、その……。ええい!分かりました。私が樹さんを引き受けます!」

え……と二人は顔を上げて都を見つめる。

「樹を、引き受ける?それって、都さん……?」
「はい、私が樹さんと結婚します。岳と樹さんと、3人で一緒に暮らします。もうこれ以上、息子と父親を離したりはしません。それと……。岳におじいちゃんとおばあちゃんを増やしてあげたいと思います」

都さん……と、二人は呆然と呟いた。

「ですから、お二人とももう謝らないでください。そしてご安心ください。樹さんも岳も、そして私も、これからはずっと一緒に幸せに暮らします。岳の運動会やおゆうぎ会にも、ぜひいらしてください。それから……。ふつつか者ですが、どうぞ私を三原家の嫁として、よろしくお願いいたします」

遂に二人は、声を上げて泣き始めた。

「都さん……、ありがとう。本当に、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます。お父さん、お母さん」

そう言うと立ち上がってそばに行き、言葉もなく泣き続ける二人の背中を、都はそっとさすっていた。
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