小さな恋のトライアングル
「あ、紗絵さん!こっちこっち!」

振り返ると、トレーを手にした紗絵が近づいて来る。

「お疲れー。隣いい?」
「もちろんです!」

ちょうど空いたばかりの若菜の隣の席に紗絵が座ると、早速若菜は話を切り出した。

「紗絵さん、課長と熱心にお話されてましたよね?」
「ん?ああ。五十嵐くんさ、相変わらず仕事を詰め詰めにするんだもん。こんな納期、間に合うかい!って、文句言ってた」
「そうなんですねー。課長にそんなふうに言えるの、うちの課では紗絵さんくらいですよ。お二人はただならぬ仲なんですか?」

ふえ?!と、生姜焼きを口に入れる寸前で紗絵が若菜を見る。

「若菜。もしかして私と五十嵐くんがつき合ってるのかどうか,聞きたいの?」
「ずばり、そうです」
「ないない!あり得なーい!」

笑いながら軽く手を振る紗絵に、若菜は「本当に?」と詰め寄る。

「言ってなかったっけ?私、5年つき合ってる彼氏いるから」

ええー?!と、この時ばかりは真美も仰け反って驚いた。

「なんでそんなに驚くのよ?」
「だって、紗絵さんと言えばサバサバしたアネゴ肌で、およそ、なんて言うか、乙女な素顔が想像出来ないと申しますか……」
「ちょっと若菜、ケンカ売ってる?」
「まさか、そんな!でもほら、告白したら今みたいに、ああん?って睨まれそうなイメージが……」
「確かにねー。言い寄って来る男には、ケンカ売ってんの?ってあしらってるけど」

ひいっ!と、真美は首をすくめる。
若菜も、信じられない、とおののいた。

「彼氏いるだろうなって誤解されて声をかけられない真美さんと、彼氏いないだろうなって声をかけたらバッサリ切り捨てる紗絵さん。いやーお二人とも、同性の私から見ても理解不能です!」
「若菜の頭の中だって理解不能だわ。何?真美がなんだって?」

豪快に生姜焼きを食べながら、紗絵がぶっきらぼうに尋ねる。

「さっき話してたんです。真美さん、誰からも声をかけられないって言うから、それは誤解されてるからですよって。知らない人から見たら真美さんって、物静かで大人しそうで、ちょっと近寄りがたい雰囲気じゃないですか?一途に想いを寄せる彼氏に、大切にされてるんだろうなーって」
「あー、まあ、近寄りがたいっていうよりは、高嶺の花?」
「そう!ほら、やっぱり。ね?真美さん。言った通りでしょ?」

若菜に得意気に言われて、真美は渋い顔をする。

「全然そんなことないよ。私なんかより紗絵さんの方がよっぽど美人だし、若菜ちゃんだって私よりはるかに可愛いもん」

冷静にそう言うと、紗絵が顔を上げた。

「真美はさ、雰囲気美人だね。あ、もちろん顔も可愛いよ?でもそれ以上に、なんかまとってる空気とかオーラみたいなのが澄んでる気がする。品があるって言うのかな?ちょっと離れたところからこっそり見ていたい、って感じ」

ええ?と真美が顔をしかめていると、分かるー!と若菜が声を上げる。

「休み時間に一人で本を読んでるクラスの優等生!」
「いやいや。私、成績もイマイチだったし、本も読まなかったよ?」
「ですから、イメージ図ですよ。真美さんのキャッチフレーズ」

なんだそれは?と真美が眉間にしわを寄せると、紗絵が話を続けた。

「ま、声をかけられないのはそういう訳だよ、真美。でも誰かに声をかけられたいなら、私と若菜で、真美はフリーでーす!彼氏ウェルカムキャンペーン中でーす!って触れ回ろうか?」
「ややや、やめてください!絶対に!」
「あはは!まあ、でもさ。真美もいい加減恋愛してみたら?」

紗絵の言葉に若菜も頷く。

「そうですよ。真美さん、一緒に合コン行きません?」
「いや、そういうのはちょっと……。私には向いてないかな」
「そんなこと言わずに!気軽に合コン楽しめるようになったら優等生オーラも消えて、声をかけられやすくなりますよ?きっと」
「うーん……。そこまでして彼氏が欲しいとも思えないし」
「それは本気の恋愛したことないからですよ」

すると紗絵が見かねて口を挟んだ。

「わーかーなー、それは言い過ぎ」
「はい、ごめんなさい」
「ま、したくないもんは無理にせんでいい。いつか自然に好きな人が出来るといいね!真美」

紗絵の言葉に、真美は少しうつむいてコクリと頷いた。
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