小さな恋のトライアングル
11月に入り、いつもと変わりない日々が続く。

紗絵は時折潤と真美の様子を見比べていたが、これと言って気になることはなく、ますます訳が分からないと首をひねっていた。

それどころか真美は、以前より笑顔が増えたような気さえする。

(なんだろう?ふとした時の表情が柔らかくなった感じ)

そう思いながらさり気なく真美の様子をうかがっていた時だった。

潤がオフィスを横切ってドアへと向かいながら、真美の後ろを通り過ぎざま「望月、ちょっと」と呟いたのが聞こえた。

いつもなら、何か話があるんだろうとあまり気にしない紗絵だが、この時ばかりは違った。

(な、何?五十嵐くん、真美をどこに呼び出したの?)

立ち上がって潤のあとを追う真美を、紗絵はじっと見つめる。

(ああ、どうしよう。気になる。でもなあ、コソコソあとをつけて盗み聞きするのは良くないよね。あー、でも気になる!いや、ちょっと遠くから見守ろう。聞き耳は立てない。うん、そうしよう)

小さく頷くと紗絵は「自販機に飲み物買いに行ってくる」と、わざわざ言わなくてもいいことを大きな声で言ってから、そそくさと廊下に出た。

(ん?あれ?いないな。どこに行ったんだろう。はっ!もしや、平木が言ってた会議室に二人切りってやつ?)

急いで廊下を進み、ずらりと並ぶ会議室のドアをチェックしながら歩いていると、前方の小会議室のドアに耳を押しつけている平木を見つけた。

「ちょっと、何やってんのよ?」

声をかけると、振り返った平木は紗絵を見て、しーっ!と人差し指を立てる。

「あの二人、ここに入って行った」
「うそ!やっぱりそうなんだ。って、何を聞き耳立ててるの?悪趣味よ」
「じゃあ紗絵は気にならないのかよ?」
「それは、まあ……。でもやっぱりだめよ。いい大人なんだもの、そこはちゃんと……」

その時ガチャッとドアが開き、二人は思わずギャーッと声を上げながら抱き合った。

「ん?お前達、こんなところで何やってんの?」

潤が平木と紗絵を交互に見ながら廊下に出て来て、さり気なく後ろ手にドアを閉める。

(え、なんでドア閉めるの?まさか、真美が中にいるのを見られたくなくて?)

紗絵と平木はくっついたまま見つめ合う。

考えていることは同じだと頷き合った時、潤の戸惑った声がした。

「あのさ、犬猿の仲のお前達が抱き合ってるのは天変地異の前触れみたいで怖いし、何よりここは職場だ。いい加減離れたら?」

ハッと我に返った二人は慌てて飛びすさる。

「な、何でもないからな、潤。これはまったくもって不測の事態で……。そう!紗絵が廊下を突進して来たからぶつかっただけだ」
「ちょっと!人をイノシシみたいに言わないでよ」
「だってお前、猪突猛進タイプだろ?」
「失礼ね!だからってイノシシじゃないわよ」

いつものように言い合う二人の肩を抱いて、潤はさり気なく廊下を歩き始めた。

「はいはい。ほら、仕事に戻るぞ」

うわ、それとなく会議室から遠ざかろうとしてる!と、平木と紗絵はまたしても目で言葉を交わし、頷き合った。
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