『准教授・駿河台ひばり』 ~変人・奇人の時代~  【新編集版】
 それからしばらくの間、『アルザスワイン街道』に掲載されたワイン畑やワイナリーの美しい写真を肴に飲み続けたが、ボトルが空になると、「リースリング以外にも美味しいのがあるのよ」と言ってまたキッチンに向かい、別のボトルと新たなグラスを2つ持って戻ってきた。

「これはゲヴェルツトラミネールというアルザス固有の品種で、豊かな味わいを感じられるの。ボディがしっかりしているからフォアグラや癖の強いチーズに合うのよ」
 それを聞いてドキッとした。
 まさか青カビチーズが出てくるのではないかと身構えてしまったが、それは取り越し苦労だったようで、ツマミは何も出てこなかった。
 アルザスの白ワインだけをじっくりと味わうのが教授の趣向のようだった。
 
 一口飲んではまった(・・・・)
 教授の言うように味わいが豊かで、その上、ふわっと薔薇のような香りが立ち上がったような気がしたし、酸味が少なくて飲みやすかった。
 そのせいか、素晴らしいワインを生み出すその地域に俄然興味が湧いてきたので「アルザスには行かれたことがあるのですか?」と訊くと、その質問を待ってましたというように教授に笑みが広がった。
「コルマールもリクヴィルもストラスブールも全部行ったわよ」
 特にコルマールの愛らしさには魅了されたという。
「ラ・プティット・ヴニーズ(小ベニス)の川沿いの家々には花が飾られていて、一瞬メルヘンの国に迷い込んだのかと思ったわ」
 教授の顔は幸せ満開といった感じになり、テロワール(ブドウ樹の生育環境)に関する蘊蓄(うんちく)を期待したわたしを置き去りにしてまったく違う方向へ進み始めた。

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