『准教授・駿河台ひばり』 ~変人・奇人の時代~  【新編集版】
「そうですか~」
 先見さんが熱弁を振るったソニー復活のシナリオが実現不可能だと思うと残念な気持ちになったが、「でも、エレクトロニクスとエンターテイメントとファイナンスが融合したかつて誰も目にしたことのない企業体へ進化していると考えたら、昔のソニーにこだわる必要はないんじゃない」と目を将来に向けるように促された。
 それでも、技術へのこだわりに関しては創業者の想いに立ち返ってほしいと口調を強めた。
「井深さんによって書かれた設立趣意書というのがあって、その冒頭に『技術者たちが技術することに深い喜びを感じ、その社会的使命を自覚して、思いきり働ける安定した職場をこしらえるのが第一の目的であった』と記されているの。そして、『会社創立の目的』の一番初めには『真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由豁達(かったつ)にして愉快なる理想工場の建設』という文言があるの。これは技術者にとっての理想郷を作り上げようという意気込みを表したものだし、更に言えば日本が敗戦から立ち直って前を向いていくためには独創的な技術が必要であるという確信に基づいたものでもあると思うの」
 そこで教授の目に力が入ったように感じた。
「そういう土壌があったからこそ、次々に革新的な製品を開発することができたのよ。日本初のテープレコーダーやトランジスタラジオ、トランジスタテレビ、それから、世界初の家庭用VTRやトリニトロンカラーテレビ、そして、あのウォークマン。更に、CDプレーヤーも世界初だし、カメラ一体型八ミリビデオもそうよ。1980年代まではソニーの独壇場だったの。でもね、創業者が掲げた『技術者のための理想郷作り』は技術に疎い社長が続く中で置き去りにされるようになっていったんだと思うわ。設立趣意書からどんどん離れて行ってしまったのよ。その結果、アップルの後塵を拝すようになったの。ipodもiphoneも本来ならソニーが開発できてたはずなのに、スティーヴ・ジョブズに先を越されてしまったのよ」

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