『准教授・駿河台ひばり』 ~変人・奇人の時代~  【新編集版】
 わたしは東京の地図を思い浮かべて、その中に二つの上水を線で記した。
 それでなんとなく全体像が見えてきたので頷くと、教授が再び話し始めた。
「その頃の人口は15万人くらいになっていたのだけど、参勤交代制度が確立すると地方からどんどん人が来るようになって水が不足するようになり、新たな水道を開発する必要が出てきたの。今後も発展することを見込んだ幕府は湧水では足りないと思ったのか、多摩川から水を引き入れるという計画を立てたの。それは壮大なものだったんだけど、突貫工事をしてきっちりとやり遂げると幕府はその成果を高く評価して、工事を請け負った兄弟に色々な褒美と共に『玉川』の姓を与えたの。そのことから玉川上水と呼ばれるようになったのよ」
 なるほど、と納得しかけたが、新たな疑問が湧いてきた。
「でも、今は飲料には使われていないですよね」
「その通りよ。飲み水用の導水路としての役割は終わったんだけど、ここに清流を復活させようとする人たちが現れて、地域の人々を巻き込んだ保全運動が始まったの。するとそれに後押しされたかのように東京都が歴史環境保全地域として指定したの。それは『東京における自然の保護と回復に関する条例』に基づくもので、歴史的価値の高い水路や法面(のりめん)(切土や盛土により作られた人工的な斜面)、多摩地域から都心に伸びる樹林帯として自然環境や水辺環境を後世まで保全することにしたのよ。凄いでしょ」
 そこで何故か自慢げに鼻をツンと上に向けて「だからとっても自然あふれる場所になっているし、散歩をする度に癒されるの」と続けたが、すぐに和やかな表情になって西の方に顔を向け、「説明はこのくらいにして歩きましょ」と足を前に出した。

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