契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
プロローグ
「ベルベットのような手触りなら最高だ」
そんなふうに女性の肌をたとえたのは、研修医時代の先輩だっただろうか。
隣で背を向けて眠っている香耶の華奢なむき出しの肩を見て、拓翔はそんな言葉を思い出した。
拓翔自身はベルベットという生地をよく知らないが、香耶のなめらかな肌はそれ以上かもしれない
「ん……」
吐息がもれた気がして、つい再び味わいたくなってしまった。
ゆっくりと、彼女の肩に唇を寄せる。
そこは、深夜に及んだ行為のせいしっとりと潤っていた。
肩先から上腕へと唇をはわせると、香耶の体がピクリと動いた。
まだ夜明けまでには時間があるから、香耶も深い眠りについていたはずだ。
「拓翔さん……ずっと起きてたの?」
「起こしてしまったか。悪い」
大丈夫だというように、香耶は少し首を横に振る。
昨夜の香耶はひどく傷ついていた。
ふいに現れた過去の人物のせいでかなり落ち込んでいたし、心細くなってしまったようだ。
そのせいか『辛いのか、寂しいのかわからない』と、珍しく香耶から求められた。
つい拓翔の方が熱くなってしまったからか、香耶の声はかすれている。
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