契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
面談室でなにがあったのか詳しい事がわからないので、香耶は胸にもやもやを抱えたまま仕事を続けた。
やっと事情がわかったのは、拓翔が帰宅してからだ。
「本来は話すべきではないんだが、君に関係があることだから」
遅くに帰宅した拓翔は、とても疲れた顔をしていた。
リビングルームのソファーに座って、香耶が淹れたコーヒーをひと口飲んでからゆっくりと話し始めた。
ドイツ出張中だった太田洸太郎が、息子が入院したと聞いて仕事を切り上げて帰国してきたようだ。
たまたま進太朗の病状について説明する日の朝に成田に着いたから、そのまま青葉大学病院にやってきたらしい。
面談室には拓翔と、太田夫妻、念のため看護師長もいた。
師長は沙織の言動に注意した方がいいと感じていたのか、拓翔に一緒に中に入ると申し出ていたのだ。
問題は話が始まってすぐに起こったようだ。
入院時の検査結果を洸太郎に伝えようと、詳細情報をプリントした用紙を見せながら説明していたら洸太郎が顔色を変えたらしい。
それが、面談室から漏れてきた言葉だった。
沙織が洸太郎の子だと言っていた進太朗は、血液型的には実子として有り得なかったのだ。
そういえば進太朗の顔立ちはどこかエキゾチックで、洸太郎にも沙織にも似ていない。
夫婦の言い争いが始まって、あの修羅場になったんだと拓翔がため息まじりに話してくれた。
「太田家から、君にもなにか言ってくるかもしれない」
「まさか」
「あの男はナースステーションにいた君の姿を見ていたし、母親の精神状態もあまりよくない」
香耶もそれは感じていたが、もはや縁の切れた人たちだ。
今さら香耶には関係ないし、文句を言われる筋合いはない。
だが、拓翔は気になるようだ。
「十分、気をつけておいてくれ」
「わかりました」