契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
「あのお子さんはどうなるんでしょう」
「ああ。先天性の嚢胞が肺に見つかったから、早く手術をした方がいいんだが」
「嚢胞ですか」
嚢胞があると、呼吸障害が起こったり肺炎を繰り返すことがある。
拓翔が見つけたのが幸いだったとしか思えないが、早めの対応が必要だろう。
「胎児の時にはわからなかったんだろう」
「腹腔鏡の手術なら、術後の痛みや創部も小さくてすみますね」
「両親がどう出るかだな」
拓翔としては、一日でも早く子どもの病気を治してやりいたい。
だが、今日の洸太郎と沙織の様子では、この先どうなるのかわからない。
「あの子に罪はないのに」
「香耶。俺たちにだって、出来ることと出来ないことがある」
「そうですね」
「今は、あの子を見守ろう」
そう言って、拓翔にぐっと抱き寄せられた。
香耶が目を閉じると、優しいキスが額に落された。
***
香耶たちが心配していた通り、翌日以降も病院に洸太郎はこなかった。
かわりに中年の男性弁護士が代理人として病室にやってきて沙織と話していく。
あれほど騒いでいた沙織は、ぼんやりした表情に変わっていた。
時おり売店に行くくらいで、ずっと子どもの病室にこもっている。
病棟担当の事務スタッフや看護師長が沙織と話をしているが、どうやら進太朗の肺炎が回復したら、ほかの病院に転院させることになったようだ。
拓翔が病状の説明を沙織と弁護士にすると、手術も転院先で受けさせると決まったらしい。
進太郎が元気になるのが一番大切だと思うのだが、沙織はなにも言わず、ただ「お任せします」「お任せします」の一点張りだったという。
沙織と洸太郎の関係が修復しないなら、進太朗はこの先どうなるのだろうか。
なにも口出しできない立場だとわかっているが、香耶は幼い子を思うと切なかった。