契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
愛に形があるなら
やがて、進太朗の退院の日がきた。
書類の確認や着替えなどの荷物を持つために、太田家から数人が派遣されてきた。
病室が慌しくても沙織は茫然としたままで、部屋の片づけさえ手につかない様子だ。
幼い進太朗は母親を恋しがるが、抱きしめてやるでもなく車イスに座らせている。
香耶は沙織を興奮させるわけにいかないから、離れた場所から見守っていた。
太田家の内情を知っている香耶は、なんともいえない気持ちになった。
香耶は恵子に助けられて逃げ出せたが、進太朗は大丈夫だろうか。
洸太郎は自分の子でないと知った以上、沙織を太田家と切り離すだろうか。
香耶を追い出した日のように、沙織には強くなって欲しい。
沙織のやつれた後姿を見送りながら、香耶はそう願っていた。
***
小児科病棟にも、やっといつもの日常が戻ってきた。
振り返ればこの一週間は、太田家の事情に振り回されていたようだ。
患者は常に入れ替わっている。
退院していく子もいれば、新たに入院してくる子もいる。
香耶たちも落ち着きを取り戻して、いつも通り忙しく働いていた。
午後四時半に日勤を終えて、香耶が着替えてロッカールームから出たら佐原も同時に男性用のロッカーから出てきた。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
「古泉さん、元気?」
佐原がしげしげと香耶の顔を見てきた。
「目の下にクマがあるよ」
「まさか」
「あれこれ、気にしてるんじゃない」
佐原にはお見通しのようだった。