契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
「見舞ってやってくれ。用事はそれだけだ」
恵子の命がもう長くないと聞いて、香耶はショックを受けていた。
あれから、きちんと介護されていたのだろうか。
恵子は香耶を離れから逃がしてくれた恩人でもある。見過ごすことはできなかった。
「恵子さんはどこかに入院なさっているのですか」
「いや、屋敷の離れにずっといる」
「お見舞いだけなら、参ります」
「じゃあ、乗ってくれ」
香耶は佐原に詫びた。
「ごめんなさい。チョッと知り合いのお見舞いに行ってくるわ」
そして半歩佐原に近づくと、小声で言った。
「このことを、森谷先生に伝えてください」
香耶の真剣な表情を見て、佐原は無言で頷いてくれた。
「早くしろ」
洸太郎の言葉に、反射的に香耶はピクリと震えてしまった。
車に乗り込むと、すぐに音もなく動き出す。
サイドガラス越しに通用口を見たら、佐原が駆けだすのが見えた。
(大丈夫。きっと拓翔さんに伝えてくれる)
そのまま香耶は黙り込んだ。ただ恵子の病状だけが心配で、洸太郎からの視線に耐えていた。