契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
運転手付きの黒塗りの車は、太田ヘルスケアホールディングスのものだろうか。
香耶は恵子の容体を知りたかったが、車に乗り込んでから洸太郎もなにも話さない。
運転手も無言だし、車内は重い空気のまま太田家に着いた。
車から降りて、屋敷に入る。
かつて暮らしていた離れの建物を見ても、香耶は懐かしさなど感じなかった。
恵子はどうしているのか気になって、香耶は洸太郎より先に離れの中に入った。
廊下から見ても前よりくすんだ印象を感じるのは、あちこちが埃っぽいせいだろうか。
恵子のいる奥の座敷に行きつく前に、香耶はいきなり腕を掴まれた。
あっと思った時には、かつて香耶が住んでいた部屋のドアが開いて、そこに連れ込まれていた。
「なにをするんですか!」
よろけて床に倒れ込みそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「なにって、簡単なことだよ。君に私の子どもを産んでもらおうと思って」
「えっ」
突然なにを言いだしたのかと唖然とするが、洸太郎は無表情のままだ。
「悪い冗談はやめてください」
「最初からこうすればよかった。君に私の子を産んでもらえば、なんの問題も起こらなかったんだ」
香耶と離婚したことを後悔しているような言葉だが、あの時は沙織を恋人だと言っていた人だ。
洸太郎の言うことを信用できるはずがない。
「私、もう再婚したんです。そこをどいてください」
「うそをつくな」
「本当よ」
ドアの前に立ちふさがっている洸太郎に恐怖を感じるが、ここで怯むわけにはいかない。
「恵子さんの名前を使って、だましたんですね」
「長くないと言えば、君はここに来るだろう」
「とにかく、帰ります」
なんとか外に出る方法を探そうと思ったが、この部屋にはドアがひとつしかないし、窓も高い位置にあるだけだ。