契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
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香耶は拓翔の声を聞いた瞬間から、涙があふれて止まらなかった。
ドアを開けて部屋に入ってきた拓翔がどんな顔をしているかもわからなかったくらいだ。
拓翔は部屋の中の異様な雰囲気に気がついたのか、サッと香耶の両手からネクタイを外してくれた。
素早い行動のおかげで、救急隊員たちに最悪の姿を見られずにすんだ。
「意識が混濁しています」
「血圧低下」
拓翔が救急隊員たちと状態を確認していく。
すぐに恵子は救急車に乗せられた。もちろん、香耶と拓翔も一緒だ。
恵子は近くのクリニックからの訪問診療を受けていたが、緊急事態とあって青葉大学病院への搬送になった。
「間に合ってよかった」
「ありがとうございました」
「頬は大丈夫か」
香耶はなんとかうなずいた。
着衣の乱れは直したが、頬の赤味はすぐには消えない。
「どうやって、中に?」
「運がよかった」
拓翔の指示でショック状態の恵子に処置は続いている。
モニターで脈拍や心電図を確認しながら、輸液だけでなくアドレナリンも投与する。
「思ったほど酸素濃度が上がらない」
「たしか、恵子さんには間質性肺炎の既往があります」
「気胸かもしれないな」
どんなに酸素を送っても、肺から漏れていたらどうしようもない。
「倒れた時、頭と胸を打っていたと思います」
見ていることしかできなかったことが悔やまれる。
「そうか。外傷性の気胸も考えられるのか」
「私がいけなかったんです。まさかこんなことに」
また目の奥が熱くなるが、ここで泣くわけにいかない。
香耶はグッと奥歯をかんだ。
「今は恵子さんの治療を優先しよう」
拓翔の言葉が力強かった。