契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
青葉大学病院に救急車が到着したが、近くの工事現場で落下事故があったために救急患者が待合室にまであふれていた。
どうやら、看護師が足りない状況らしく処置室も診察室もごったがえしている。
「香耶! 応援が必要だ。君も準備して」
拓翔がいち看護師を名前で呼んだからか、一瞬だけ周囲の空気が固まった。
「は、はい。すぐに着替えてきます」
拓翔がオーダリングシステムに検査項目を入力していくのを横目に、香耶はロッカーへ急いだ。
オーダーを飛ばした血液検査、胸部レントゲン、CTと必要な検査が速やかに行われていく。
急いでロッカールームから戻った香耶は、もう頬の痛みを忘れていた。
香耶は救命救急科には所属していないが、拓翔の指示で恵子の看護にあたる。
患者が詰め掛けている救命救急科の中を、輸液や医療材料を取りに走ったりもした。
困ったことに救急隊員や病院職員が太田家に連絡しても、恵子の身内は誰も来なかった。
香耶は今こそ恵子の役に立ちたくて、できる限りそばにいた。
一時間ほどしたところで、いつか沙織の病室で見かけた男性がやってきた。
太田家の顧問弁護士だと名乗った男性は香耶の顔を見て、ハッと表情を変えた。
まだ赤味のある香耶の頬を見て、離婚した洸太郎の妻だと気がついたのだろう。
洸太郎の行動や、離れで何があったのかを知っているのかもしれない。
「この度は」
と言いかけて、口をつぐんだ。
どこまで事情を聞いているのかわからないが、弁護士として迂闊なことが言えないはずだ。