契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
エピローグ
真夏の軽井沢の別荘は、蝉時雨で夜が明ける。
寝室のカーテンは遮光タイプにしているが、光よりも蝉の声を防ぐ方法を考えたいと拓翔は思っている。
隣で眠っている妻は、どんな夢を見ているのだろう。
うっすらと微笑んでいるようで、見とれるくらい美しい。
香耶は目立つタイプの美女ではないが、その立ち居振る舞いや表情に、なんともいえない情緒がある。
優しくて芯はしっかりしている性格からにじみ出てくるのだろう。
拓翔は妻の素顔をじっと眺めながら、そんなことを考えていた。
「ん、もう起きてたの?」
「ああ、寝顔に見とれてた」
「やだ」
そう言って背を向ける妻が愛おしい。
白い背中にわざと唇をはわせる。
「もう、やだって」
「そうかな」
拓翔が仕掛けたいたずらに、香耶はクスクスと笑い始めた。
「あなたが早起きなんて珍しい」
「ずっと君の寝顔を見ていたかったんだ」
クルリと振り向いた香耶が、拓翔に軽いキスをした。
「悪い人」
青葉大学病院に勤めているふたりは、相変わらず忙しい毎日を送っている。
拓翔は救命救急科、香耶は四月から呼吸器内科の外来へ異動になった。
早春に結婚式を挙げたが、なかなかそろって休みが取れない。
そこで短い夏休みをハネムーンと称して、懐かしい池辺家の別荘で過ごしていた。
今日がその最終日、夜までには東京に帰らなくてはならない。
「奥さんに提案だけど」
「なあに、旦那様」
「今日で夏休みが終わるから、一日中ここで過ごすってどうだろう」
「ここでって、ベッドのなかでという意味かしら」
拓翔がうなずいた。
「ほかに行きたいところがあれば、言ってくれ」