契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
佐和の好きな銘柄の茶葉があったので、紅茶を淹れてティーカップを佐和の前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
あらためて部屋を見渡すと、絵や花瓶などがひとつもない。
モデルルームの方がまだ生活感がありそうなくらい、味気ない空間だ。
「私の娘、えっと拓翔の母親のことだけど、ここを販売している不動産会社の部長なの」
「あの有名な会社ですか?」
「森谷家は家族全員、ワーカーホリックよ」
拓翔は大学病院の救急科専門医としては有望だが、とても忙しくしている。
それに加えて父親は森谷総合病院の院長だし、母親は大きな会社の部長だから、家族が揃うことはないそうだ。
忙しい両親のもとで、拓翔はどんなふうに育ったのだろう。
そんなことを思っていたら、佐和に考えていることが伝わったらしい。
「娘も、その夫も忙しかったから、私がたまに拓翔を預かったこともあったっわ」
いたずらっ子だったのよと懐かしそうな顔をする。
「娘に似たのか拓翔には投資のセンスもあるから、ここを買ったみたい」
「は、はあ」
香耶には縁のない世界だが、勤務医としての収入以外に不労所得でもあるのだろう。