契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話

「どこかに出かけたいわねえ」

「もう少し咳き込まなくなられたら出かけましょうね」
「はいはい」

一年も看護していたら、佐和の気まぐれな言動にも慣れてきていた。

普段は上品な佐和が時おり駄々っ子のようになるのは、もしかしたら夫を亡くした寂しさを誰かにぶつけたいのかもしれない。
香耶は自分の祖母のように思っているから、そんなわがままも苦にならない。

キッチンを片付けていたら、テレビを見ていた佐和がウトウトし始めたのがわかった。

「佐和様、そろそろお休みになられたらいかがですか」
「そうね、今日は疲れたわ」

お風呂に入らずに、もう休みたいという。
拓翔からは広い主寝室を佐和が、その隣を香耶が使っていいと言われている。
余るくらいに部屋数があるマンションだが、どうやら拓翔はひと部屋を書斎兼ベッドルームとして使っているだけらしい。

着替えを手伝って佐和が眠りについたのを確認すると、香耶はホッとため息をついた。

リビングルームにポツンと立っていると、この生活感のないマンションで三人での暮らしが始まった実感がわいてくる。
しばらくは自分に冷たい視線を向けてくる人と同居かと思うと、どうしても気が滅入る。

(気にしてばかりいられない。私はただの看護師兼お世話係だもの)

今夜は顔を合わせなくてすみそうだ。
香耶はサッとシャワーを浴びてから、指定された部屋のドアをゆっくりと開けた。



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