契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
介護ベッドのある奥の和室にまで、洸太郎と沙織の声が聞こえたらしい。
「ごめ、なさ」
「恵子さん、大丈夫ですか? ベッドに戻りましょう」
香耶が手を差し伸べて支えたら、恵子はポロポロと涙をこぼし始めた。
孫の態度を怒っているのか悲しんでいるのかわからない。
香耶が背をさすっていたら、着ていたベストのポケットからなにかを取り出した。
「こ、れ」
それは通帳と印鑑だった。
中を開いてみたら、毎月わずかずつ入金されていて、全部で数十万円の金額だ。
名義は香耶になっているが、受け取っていいものか迷ってしまった。
「お、こづ、かい、あげた、かった」
恵子の言葉が『お小遣い』だと気がついて、香耶は泣きそうになった。
介護が必要な状態の恵子だけが、この屋敷の中で香耶のことを気にかけてくれていたのだ。
恵子が通帳を持つ香耶の手をギュッと握った。
「に、げ、て」
恵子は必死の顔つきだ。
動きにくいだろうに、かくかくと恵子が首を横に振る。
「こうたろ、ひど、い」