契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
揺らぎ
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拓翔から見た祖母は、とても厳格な人だ。
若い頃はそれなりに美しかったようで、七十を過ぎた今でも姿勢がよくキリッとした表情をしている。
二年前に亡くなった祖父は池辺製薬の会長だったから、その妻として長年にわたって池辺家を取り仕切ってきた。
威厳と紙一重のわがままさを併せ持つ、なかなかやっかいな性格をしている。
先日も、いきなり拓翔が勤めている青葉大学病院をの救命救急科にやってきた。
土曜日の夕方に持病の喘息の発作を起こしたのだ。
祖母はこのところ軽井沢の別荘で暮らしていたから、東京に来ていたことにまず驚いた。
すっかり人嫌いになって引きこもっていたはずだが、看護師を連れての観劇だという。
劇場に足を運べるくらい立ち直ってきたのならいいが、喘息発作は気にかかる。
祖父が亡くなってから、祖母は精神的にかなり落ち込んでいた。
拓翔の母は佐和の長女だから、当時のことをかなり詳しく知っていた。
いきなり祖父の愛人だと名乗る女性が子ども連れて屋敷に現れたり、会ったこともなかった親戚からお金の無心をされたりしたこともあったようだ。
愛人問題はマスコミでも取りあげられたほどだ。
隠し子の話はでっちあげだとわかったが、愛人がいたことは間違いではなかった。
長年夫に裏切られていたと知った祖母が、人間不信に陥ったとしても不思議ではないだろう。
同居していた叔父夫婦ともうまくいかなくなって、とうとう別荘に居を移してしまった。
拓翔が知っているのはその程度だが、実際にはもっと修羅場があったのかもしれない。
祖母は池辺の叔父夫婦や母とも交流を絶っていた。
持病の喘息が酷くなっていたことは身内の誰も聞いていなかったし、ましてや個人契約の看護師を雇っていたなんて知らなかった。
看護師がついているとはいえ、わざわざ青葉大学病院を選んで受診したのも体調に不安があったからだろう。