契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話


彼女への未練なんてまったくないが、どうして「結婚しよう」とまで思ったのだろう。

たしか、二年前の池辺の祖父の葬式のあとだった。
拓翔をかわいがってくれた人だったから、遺影を見て感慨深いものがあった。
微笑む写真に向かって「俺の子どもを抱いて欲しかった」なんて神妙なことを考えたせいかもしれない。

当時付き合っていたのは、とある資産家の令嬢だった。
医者の忙しさは理解できると言っていたから結婚を決めたのだが、どうやら本音は違っていたらしい。

森谷総合病院を継ぐことが決まったので、結婚を申し込まれたと思っていたようだ。
しばらく青葉大学病院の救命救急科で働くと言ったら、文句ばかり言いだした。

「こんなはずじゃなかったのに」

すぐにでも院長夫人になれると思っていたのだろう。
たまに会っても愚痴を言うか泣くかで拓翔の話を聞く耳は持たないし、気軽に付き合っていたときとは別人のような態度に変わっていった。

どうしたものかと考えていたら、彼女はほかに恋人を作ったらしい。
「妊娠したから別の人と結婚する」と言いだしたので、あっという間に彼女との関係は終わった。

同じ時期にマンションを買ったが、新居にしようと考えていたわけではない。
勤務先に通うのに便利だから選んだ物件だ。
結婚がなくなってもここに住み続けているから色々と勘ぐられるが、引っ越しが面倒なだけだ。

祖母と香耶が楽しそうにおしゃべりしているのを横目で見ながら食事を終えた。
香耶の素朴な手料理を祖母は気に入ったのだろうか。
だからといって、拓翔までほだされてはいけないと気を引き締める。

空腹が満たされたからか、心地よい睡魔が襲ってきた。
拓翔は香耶についてあれこれ考えることを放棄して、自室のベッドにもぐりこんだ。




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