契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
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少しずつ春めいてきたころ、発作も起こらなくなってきた佐和が食事に出かけたいと言いだした。
「白金台のお店なの。あの味が懐かしくなっちゃって、どうしても食べたいわ」
いつものことだが、今回はなだめても聞いてくれない。
とうとう香耶が折れたら、佐和は出勤前の拓翔にまで声をかけた。
「拓翔、今日は日勤でしょ。一緒に夕食に行きましょうよ」
「おばあ様、何時に終わるかわからないから無理です」
「残念ね」
明らかにシュンとしたのがわかったからか、拓翔が気を遣ったようだ。
「食事が終るころには帰れるでしょうから、連絡くれたら迎えに行きますよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
デザートの前に香耶が拓翔に連絡を入れることにして、お互いの携帯番号を交換した。
そういえばひと月以上もマンションで同居しているのに、連絡先すら知らなかったのだ。
緊急の場合には困ったことになったかもしれないと、香耶は少し冷や汗をかいた。
急な話だったが、レス十ランも快く予約を引き受けてくれた。
佐和は久しぶりのお出かけだからと、昼間に少し横になって夜に備えたくらいだ。