契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
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青葉大学病院の救急診察室で古泉香耶は咳き込む佐和に付き添っていた。
香耶は看護師だが、今は病院に勤めるのではなく、池辺佐和という七十代の女性の個人契約の看護師という働き方をしている。
池辺製薬の会長だった夫を亡くしたという佐和とは、一年ほど前に長野の病院で知りあった。
軽井沢の別荘に引きこもっていた佐和に縁あって気に入られたのだ。
「佐和様、横になられますか」
座っている方が楽なのか、佐和が首を横に振る。
香耶が背をさすっていたら、パッとカーテンが開いて男性医師が診察室に入ってきた。
若い医師は、かなり急いだのか前髪が乱れていた。
少し長めだから形のいい額を半分隠しているが、黒目がちな瞳ははっきりわかった。
「おばあ様」
目元や形のいいあご、その端正な顔立ちに佐和とよく似た品のよさが見てとれた。
背が高くて姿勢がいいからか、細身の体にドクターコートがよく似合っている。
香耶は挨拶も忘れて、医師を見つめてしまった。