契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
記憶に残る、真夏のひととき。
祖母たちは遠慮のないおしゃべりを楽しんでいたようだが、幼い女の子には退屈な時間だったのだろう。
二階から見ていたら、どうやら庭のあちこちを探検するように歩き回っていた。
白っぽいワンピースに麦わら帽子の小さな女の子。
ひとりでなにをしているのか気になって、声をかけてみた。
女の子は小さな手のひらに、セミの抜け殻を大切そうに持っている。
それがなにかと聞かれたから、答えてやった。
「これが土の中から出てきて、セミになったんだ」
「すごい! 変身したんだ!」
変身したという言葉がおかしくて、思いっきり笑った。
別荘に来てまで学習塾の宿題を抱えていたから、大笑いしてなんだかスッキリしたのを覚えている。
たったそれだけの交流だが、夏の思い出のひとつには違いない。
助手席に座っている物静かで落ち着いた女性が、あの時の女の子だったのかと思うと感慨深くもある。