契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
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「ただいま」
「あ、お帰りなさいませ」
佐和が休んだあと香耶がキッチンで片づけものをしていたら、いつになく拓翔が青い顔で帰宅してきた。
「すみません、気がつかなくて」
「いや、かまわない。変わりないか」
「はい。佐和様はお休みになっています」
ソファーに座るかと思った拓翔は、カウンター席に腰かけた。
「水をもらえるかな」
「はい」
冷たい水をグラスに注いでカウンターに置こうとしたら、その前に手が伸びてきた。
グラスを持つ香耶の手を、拓翔の大きな手が覆う。
「あ、すまない」
「いえ」
たかが手が触れたくらいなのに、香耶はうつむいてしまった。
「君はよく下を向く」
「えっ」
初めて言われた気がして、香耶はカウンター越しに拓翔の顔を見る。
「やっとこっちを見たな」
視線があうと、なぜか気恥ずかしい。
拓翔は疲れた顔をしていたが、香耶を見つめる目だけは澄んでいる。