契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
「もしかして、結婚も家のためだったのか?」
香耶はストレートな言葉に目を見開いた。
プライベートなことだったが、香耶も拓翔の縁談が壊れた話を佐和から聞いたことがある。
自分のことだけ黙っているのが、拓翔に対してフェアではない気がした。
「父の会社が吸収合併されるとき、結婚も条件のひとつでした」
正直に答えたが、香耶の結婚についてそれ以上は聞かれることはなかった。
「やはりか」
香耶は心の奥で痛みを感じた。
拓翔に伝えたかったのは契約結婚だったことではなく、洸太郎とは本当の夫婦ではなかったことだ。
(そんなこと、拓翔さんに話すことじゃないわ)
香耶は拓翔の祖母の看護師というだけだ。
青葉大学病院への通院が必要な間だけ同居しているに過ぎない。
夫と暮らしていた頃のことなど、拓翔が聞きたいと思うはずがない。
それにしても、今夜はずいぶんと顔色が悪いのが気になった。
「あの、どうかなさったんですか。体調がよくないのでは?」
「ああ、チョッと病院でね」
それ以上は聞かなくてもわかった。香耶にも経験があるから、なんとなく察した。
きっと患者さんを救えなったのだろう。
どんなに優秀な医師だとしても、全力を尽くしてもままならない運命はある。