契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話


「ここに座ってくれないか」

香耶が腰かけようとしたら椅子の座面が高くてよろけてしまい、拓翔の肩に触れてしまった。

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫か」
「はい」

そのまま拓翔は黙ってしまった。
香耶は話題を探すべきか迷うが、なにも浮かんでこない。

「香耶」
「はい」

「俺と付き合わないか」

返事より先に、香耶は隣の男性の顔をしげしげと見てしまった。

「おかしいです」

きっと疲れすぎているのだ。

「私のこと、最近まで疑っておられたのに」

拓翔は、自分でもなにを言ったのかわかっていないのだと香耶は思う。

「今夜はお疲れなんです。だから心にもないことを」
「香耶、俺は本気だ。いつの間にか好きになっていた」

拓翔の視線にも普段と違うものを感じる。
その瞳に揺らいでいるのはなにか知りたくてじっと見つめたら、いきなり腰を引き寄せられた。

「俺のそばにいて欲しい」

拓翔はいきなり香耶にキスをしてきた。
どうしていいのかわからない香耶は、息もできない。
苦しさにあえぐ香耶の様子に、拓翔が唇を離した。

香耶の様子が思っていたのと違うことに気づいたようだ。

「香耶、君は」

驚いた表情の拓初は、おそらく感じたのだ。
結婚していたはずの、夫がいたはずの香耶が、あまりにもキスに不慣れなことを。

恥ずかしくてみっともなくて、拓翔の顔を見られない。
香耶は急いで椅子から下りると、拓翔から離れた。

「ごめんなさい」

それだけ言って、香耶は自室に戻った。




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