契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話



***



気まずい空気がマンションに流れる中、外はどんどん春めいて暖かい日が続いていた。

「そろそろ桜が咲く頃ね」

テレビのニュースで各地の桜の話題を取りあげていたからか、佐和がなにげなくつぶやいた。

「天気予報で、都内でも三分咲きくらいって言ってました」

「今頃、池辺の家の桜も咲いているかしら」

やっと香耶に聞こえるくらいの声だった。

「佐和様、お屋敷に戻られてはいかがですか」

ハッとした顔で、佐和が香耶に目を向けてきた。どうやら独り言が聞こえていたとは思っていなかったらしい。

「とてもお元気になられましたから、ご家族のもとでも大丈夫ですよ」

夫が亡くなったあとの心労で、香耶と出会った頃はずいぶん落ち込んで見えたものだ。
だが、今の佐和は生き生きとしているし顔色もいい。

「誰かに家に帰れって言って欲しかったのかしらね、私」
「佐和様」

気持ちでは納得していても、なかなか自分からは行動に移せないものだ。
佐和の気持ちを察していた香耶は、家に戻った方がいいと提案したのだ。

「ありがとう、香耶さん」



< 68 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop