契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
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気まずい空気がマンションに流れる中、外はどんどん春めいて暖かい日が続いていた。
「そろそろ桜が咲く頃ね」
テレビのニュースで各地の桜の話題を取りあげていたからか、佐和がなにげなくつぶやいた。
「天気予報で、都内でも三分咲きくらいって言ってました」
「今頃、池辺の家の桜も咲いているかしら」
やっと香耶に聞こえるくらいの声だった。
「佐和様、お屋敷に戻られてはいかがですか」
ハッとした顔で、佐和が香耶に目を向けてきた。どうやら独り言が聞こえていたとは思っていなかったらしい。
「とてもお元気になられましたから、ご家族のもとでも大丈夫ですよ」
夫が亡くなったあとの心労で、香耶と出会った頃はずいぶん落ち込んで見えたものだ。
だが、今の佐和は生き生きとしているし顔色もいい。
「誰かに家に帰れって言って欲しかったのかしらね、私」
「佐和様」
気持ちでは納得していても、なかなか自分からは行動に移せないものだ。
佐和の気持ちを察していた香耶は、家に戻った方がいいと提案したのだ。
「ありがとう、香耶さん」