契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
それに、あのぎこちないキス。
お互いに顔を見合わせた時に、彼女の瞳にも熱を感じてキスしてしまったが、香耶の唇は固く結ばれていた。
拒否とも違う、あれは口づけを知らない戸惑いだ。
香耶が自信を持てるまで待つ約束をした時にも、思わず香耶を抱きしめてしまった。
だが彼女の体はこわばってしまい、すぐに腕から逃れてしまった
拓翔を嫌がっているわけではなく、触れあうことに戸惑っているとしか思えない香耶。
離婚した夫と、なにがあったのだろう。
彼女は二年は結婚していたはずだから、夫婦として肉体的な経験があると思い込んでいた。
だが、現実は違っていた。どうやら夫は彼女を本当の意味で妻にしていなかったようだ。
香耶の元夫は欲望を感じなかったのだろうか。
少し怯えたような彼女の表情からは、それだけではない何かを感じる。
精神的に彼女を虐げていたとしたら、怒りすらわいてくる。
それほど拓翔にとっての香耶は、何者にも代えがたい存在になっていた。
本当に結ばれるまでには時間がかかるかもしれない。それでも香耶を愛したい拓翔は、長期戦の覚悟を決めた。
***
やがて祖母が元気になってマンションを去り、香耶もアパートに引っ込した。
香耶がマンションにいないのは、拓翔にとって想像以上に味気ない日々だった。
職場が同じ青葉大学病院だからといって、いつでも会えるわけではない。
お互いに忙しいし、すれ違うことが多い環境だ。
最低限の連絡は取りあうが、ひとり暮らしのアパートまで送るだけでは物足りない。
最初の頃は緊張した表情だった香耶も、次第に笑顔になってきた。
小児科の入院病棟での仕事に慣れてきたかとホッとする。