契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話
結局、佐和は治療と肺の精密な検査のために青葉大学病院へ入院となった。
もともと病院嫌いだから「別荘に帰る」と言い張っていたが、特別室が空いていたのと、香耶も家族のかわりに付き添うことでなんとか承諾してくれた。
やっと病室に落ち着いたら、夕食が運ばれてきた。
高齢の患者によくあることだが、病院食が口に合わないから欲しくないと言いだした。
「佐和様、今夜は病院のお食事を召しあがってください」
「だって、せっかく東京に遊びに来たのよ。日本橋の店のうなぎが食べたいわ」
「お薬が効いているだけですから、今夜はおとなしくしておきましょう」
しぶしぶだが、納得してくれたのでホッとする。
「ホテルに戻って、お着替えをお持ちいたしますね」
「あら、ここからホテルは遠いわ。売店があったでしょ。これで必要なものを買ってきて」
佐和がバッグから財布を取り出して、ブラックカードを抜きだした。
その時、拓翔の声がした。
いつから病室にいたのだろうか。香耶はまったく気がつかなった。
「おばあ様、必要なものがあったら俺が買ってきますし、母に連絡してくだされば」
なんだか焦っているような口調だ。
「あら、拓翔。仕事は終わったの」
「はい。先ほど終わりました」
「ならここで一緒に夕食をいただきましょうよ。香耶さんにうな重でも買ってきてもらうから」
佐和の顔がパッと明るくなったが、拓翔を見て喜んだのはうなぎのためだったらしい。
「佐和様、ダメですよ」
佐和は素直にハイハイと言ってくれたが、拓翔の方はそうではなかった。
ブラックカードを受け取ろうとしていた香耶を、鋭い目で見ている。
なにも悪いことはしていないのだが、冷たい視線を向けられると落ち着かない。
洗面道具などを揃えるため売店に行くと言って、香耶はその場から離れた。