契約結婚はご遠慮いたします ドクターと私の誤解から始まる恋の話


「君の心の傷を消すことはできないかもしれない。でも、君との関係が少しずつ前に進んでいると感じているよ」

「はい」

「もっと君と近づきたい。そして、いつかは……」

それから先は、拓翔はなにも言わなかった。

ふたりは寄り添って、静かに目を閉じた。
拓翔の温かさに包まれて、香耶はこれまで感じたことのないくらい心が満たされていた。

翌朝、まだ早い時間にスッキリと目覚めた。
どうやら同時に拓翔も目を開けたらしく、見つめ合って「おはよう」と自然に言葉を交わす。

「久しぶりに熟睡できたよ。まだまだ寝ていたいけど、今日から仕事だ」

拓翔が背伸びしながら欠伸する。

「朝食を作りますね」

香耶が先にベッドから下りようとしたら、拓翔に腕をそっと握られた。

「香耶、今度こそ一緒に暮さないか」

「え」

「おばあ様にふたりの関係を報告して、正式に婚約してからと思ったんだが、もう待てない」
「こ、婚約ですか」

思いがけない言葉に、香耶は聞き返してしまった。

「あ、嫌だった?」
「あの、突然なので、どうしていいのか」

戸惑う香耶を、拓翔が笑いながら後ろから抱きしめてきた。

「君がいないと、ゆっくり眠れないってわかった」
「は、はい」

「安眠のための抱き枕が欲しい。一生大切にするから」

プロポーズにしてはユーモアがありすぎて、香耶も笑いだしてしまった。

「安眠枕、大切にしてくれますか」
「もちろんだ。一度手に入れたら離さない」
「それなら、お受けします」

拓翔の手で、彼にもたれかかるように引き寄せられた。








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