ミーコの願い事 始まりの章 「ペンタスとヒトデ」
 僅かだけ開いた窓を閉め、振り向き出口まで向かうと、室内灯のスイッチに手をかけた。
 明かりが消えると室内は薄暗く、夕日の色で赤黒く染まっていた。
 ほんの数秒の間、沈黙を行う私の背中越しから、涼しげな秋の風が呼びかけているようだった。

 ほんの些細な気持ちで振り返ると、閉めたと意識した窓ガラスは、大きく開いた状態になっている。
 室内は薄暗いのに、窓から見える透き通るような水色は、絵画飾られているような別世界のようにも見える
 
 あれ? 閉めていなかったかしら。

 考え事のせいか、体で覚えている日常の動作に、記憶が曖昧になっていた。
 外では風が強く吹いているのだろうか? まるで夕日を遮る雲を、勢いよく吹き流しているようだ。
 立ち止まり見る社内の明るさをぐるぐると回るかのように、暗く明るくっと繰り返すように色を変えていた。

 少し奇妙に感じながらも、窓を閉めるべく近づくと、窓際に置かれたペンタスの後ろには、水色の空が広がっていた。
 時刻が戻ったかのように夜のおとづれを、せき止めているようだった。

 窓から入り込む風になぜられながら窓に手を添えると、空に小さく放つ星に気付き、喜ぶように話しかけていた。

 「ほら、一番星が顔を出している」

 ゆるやかな風がほほに当たっても、ペンタスは 少しも揺れることなく、この時を待っていたかのように私を見つめていた。 

 雨の日に出会った弱々しい植物が、願いを叶える花に姿を変えようとしている。 

 周りを意識し、一人であることを安心していた。

「私の願いも……聞いてもらえるかな」

 手をそっと顔の前で組み目を閉じると、幼い頃の記憶を思い出すようだった。

 まぶたの奥でペンタスは、小さく開花を始める錯覚を見せている。 
 葉を広げ、自らを犠牲に全てを受け入れようとしているようだった。
 
 他人のために自分を犠牲にするのは、もう見たくないの。
 今日からでも明日からでも、貴方には花としての一生を始めてもらいたい。

 人のためでは無く、自分のためだけに花を咲かせ、幸せを感じてみて。
 私はそのことを、ペンタスに願います。

 そんなことを心の中で囁いてしまっていた。  

 目を開けると先程までの薄い夕日は、燃えるような赤いものに変わっていた。
 振り返るように室内を染め上げる赤さと、それで出来た黒く伸びる影を確認すると、再びペンタスを見つめていた。

 そこには先程までの、蕾のペンタスが風に揺れている。

 不思議ね、さっきまで時間が止まっていたみたい。

 伸ばした手で窓を閉めた後、ゆっくり出口に向かう私の足音は、静かな空間の中を響かせていた。

「明日には、花がひらくといいなー」

 つぶやきながら見た室内では、ペンタスだけが私を見送っているようだった。

 
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