ミーコの願い事 始まりの章 「ペンタスとヒトデ」

ヒトデ

「あれ、インクが出なくなっちゃった」

 この日、お客さんへの書類を書いていたが、途中でボールペンのインクが切れ、作成が出来なくなっていた。
 机上のペン入れに手を伸ばしたが、鉛筆や赤色の物しか無く、引き出しの中を探してみても替え芯さえも見つかることはなかった。

「ねえねえ蘭、ボールペンか替え芯ある」

 蘭も同様に自分の机の引き出しを開けると首を傾げ、予備の置いてある戸棚を確認していたが、不思議そうに答えている。

「数本有ったはずなんですが、今切らしているたみたいです。資材置き場には有ると思うので、今取ってきます」

「あっ、いいわトイレも行きたいから、ついでに私が取りに行くね」

 資材置き場に向かいながら蘭と目が会うと、会釈をしながら小さな声で「すみません」っと、口元を動かしている。

 申し訳なさそうな表情には、席を立ったこと以外にも、まだあの場所を怖がっているのが伝わってくるようだ。

 やっぱりまだまだ子供なんだと、理解し微笑んでしまう。

 資材置き場の扉の前に立っても、背中には蘭の視線を感じるほどだった。

 なんでそんなに気にかけているのかしら、なんだかこっちまで意識しちゃうじゃない。

 同じ気持ちになるようで、ドアノブを掴んでも数秒、動作をためらってしまう。
 ゆっくり扉を開けると、手探りのように室内の灯りを点けていた。
 
 室内に入り数歩足を運ぶと、今まで感じることの無かった香りがすることに、気付いていた。
 鼻で、スッスッ。と匂いを嗅ぐと、その香りはかすかに記憶に有る優しい物だった。

 何だっけこの香り、蘭のお化粧品とも違うし。

 うっすら気にかけてみたが、普段とは違う不自然な事態に、その場からすぐに離れたいと思う衝動に駆られていた。
 急いで備品が置いてある棚の前に立ち、目でなぞるかのように探していた。
 
 上から一段目、二段目、三段目と。かがみこむように目の高さに無いことを確認すると、一番下の棚をしゃがみ探していた。

 あった、ボールペン。一応箱ごと、蘭に持って行くか。

 安心しながら十本入りの箱を手に持ち、立ち上がると、目線の先には黒く太った万年筆が一本、置いてある。
 周りには目につきやすいように何も無く、手に取りやすいようにと、まるで誘導をしているようだった。

 こんなの……置いてなかったよね。
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