ミーコの願い事 始まりの章 「ペンタスとヒトデ」
 その日の帰道。茜に会うため水路横のベンチに向かっていた。
 お互いの帰宅時間が一緒のようで、よくこの場所で顔を合わせている。

「今日はもう帰ったのかな」

 周りを見渡し会えないと思いながらも、少しの期待を持ちながら、しばらくその場で待つことにした。
 ベンチに座り数分の時が流れた頃、優しい香りを運び茜がゆっくり近づいてくる。

「京子さん」

「おかえり、茜」

 万遍の笑顔で、ゆっくりベンチに近づき腰をかけた。
 微笑む表情ではあったが、やっと腰を下ろせたかのように、疲れている様にもとらえられる。
 私同様、新しい環境に気を使っていると考え、こんな言葉をかけていた。

「そうそう、これ食べる。疲れている時は、甘いものが一番よ」

 私は帰りに再び購入したあんパンを差し出した。

「あっ、食べたいと思っていたんです。あんパン」

「あら、そうお? よかった」

 茜はパンを持ち、しばらく食べずに見つめている。

「……」

 勿体ぶるかのように、一口目を楽しむため、焦らしているかのようだった。

「やだ大袈裟ね、どこでも手に入る、普通のあんパンよ、遠慮せずにどうぞ」

 ゆっくり口に運び、一口噛むと「美味しい」と呟く。
 そんな彼女の現況を見つめ、思っていた。
 最近の子は、ケーキやハンバーガーに夢中で、菓子パンの存在を忘れているのかしら?

「ふっふっふっふっ、茜もあんパン好きなのね、まあ、あんパンを拒む女性はこの世には居ないかも…………ね!」

 私は言葉の語尾で人差し指を頬に軽く当てるように持って行くと、茜は不思議そうな表情で、その仕草を見つめていた。
 気付いたかのように微笑むと、姿勢をこちらに向け、茜も真似るように、人差し指を頬の前に持ってきていた。
 同じ仕草をする彼女を見て、期待以上の結果が見れたことに喜んだ。

 私は、茜の頭をなぜるように手をそえた。

「もう、わかっているじゃない」

 その日私達はあんパンを食べながら、会話を楽しんでいた。
 時折「美味しい」っと呟く彼女の声が聞こえると、正のことや、仕事への不安も忘れてしまうほどだった。

 クササンタンカ。
 あの言葉はやはり、幸せになる呪文だったのだろうか。
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