Tattoo Bunny Girlタトゥー・バニー・ガール
「いけねぇ。店にスマホを置いてきた」
「あん? マジか」
「取りに行ってくる。お前ら先に行っていいわ」

 仲間たちと別れ、俺はふらつく足で三十分前に出てきたコンカフェのあるビルへとって返した。この辺の界隈は昼よりも深夜のほうが賑やかだ。

 さっき別れたトシオとユキヤはワンナイトの女でも漁りに行くんだろうが、調子に乗って飲み過ぎた俺は、とっくにキャパオーバーでそんな気分じゃなかった。

 これから女を抱いたらきっとセックスに最中に吐く。女の腹か背中の上にぶちまけるに決まってる。俺は構わないが、俺にゲロをぶちまけられた女が可哀想だ。トラウマになって、今後、楽しくセックスできなくなっちまうかもしれない。そんなことになったら、いくらワンナイトの女でも申し訳ない。

 俺としたことが飲み過ぎた理由はあの女のせいだ。

 …スレているくせに、かわいい顔しやがって、かわいい声を出しやがって。
 まったくよぅ。

 よろけながら夜の街を戻り、転落しないようように注意しながらビルの階段を降りる。エレベーターを使えばよかったなんて気づいたのは階段を降り切ってから。

 すると、俺の目の前に、バニーガールが落ちていた。

 薄汚れたコンクリートの廊下。その冷たい床の上で、うつ伏せに寝転がったバニーガールの背中に見事なタトゥーがある。腕にも、破れた網タイツから見えるスラっとした足にもタトゥー。大きな黒いウサ耳が生えた、くすんだ金髪の頭が動き、何か言った。

「おい、リン。大丈夫か」
「…ん」
「おい」

 店で俺と一緒にシャンパンを飲んでいたときは、いくら注いでやっても全部飲み干しちまってニコニコしてた。俺の方が先にやばくなった。だが…。

「起きろ、リン。こんなところで寝てんじゃねえ。風邪ひくぞ」
「んん…ああ、シンちゃん?」
「そうだ。忘れものしてよ。取りに戻ってきたんだ」
「ぁあーありがとうぉ。ちょっと酔っちゃてさぁ。最後のお客さん送ったら立てなくなっちゃってさぁ」

 起きあがろうとしてまた床の上に落ちた。その様子と呂律が回らない口調は「ちょっと酔っちゃった」レベルじゃなかった。

 …んだよ。
 こいつもキャパオーバーじゃねか。
 しかも、俺よりもひでえ。

 リンはこのコンカフェの人気バニーガールだ。愛想が良くて可愛くて、スタイルも抜群、ベビーフェイスの顔以外は全身がハードな絵柄のタトゥーだらけというギャップも男どもの人気なのだ。

「いくら商売でもうまく断れよ。毎晩そんなに飲んじまったら体壊すぞ」
「んー、心配してくれてんの?」
「ああ。当たり前だ。若くていい女が床に転がってたら、攫(さら)って抱くか、優しい声をかけてやるか、どっちかしかねえわ」
「じゃあ攫ってよ」
「今日はだめだ。おまえのせいで俺も飲み過ぎた。セックスしたらおまえの上に吐く」
「キャハハハ」

 笑い声まで酔っている。

 リンは、元々は医療従事者だったと聞いたことがある。どんな事情があって夜職の世界に入ったのか知らない。俺も余計なことは聞かない。男も女もそれぞれに訳があって、理由があって、今があるんだ。

「あたし、注がれたシャンパンは流さないで全部飲むんだよ」
「あん?」
「そう決めてんの」
「そうか」
「うん」
「プロだな。リンは」
「うん。こう見えてもプロだもん」
「ああ。立派なバニーガールだ」
「うん。今度、酔ってないときに抱いて」
「そうだな。今度な」

 昼は寝ているし、夜に素面の時なんて無いくせにと思いながら、肩を貸してやり、酔い潰れたバニーガールを立たせてやった。
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