音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
『私の知らないところで話は勝手に進み、桜がやってきた。初めて桜を見たのは、緑地でだったな』
「はい」
『驚いたよ、見た目が春子にそっくりだったからな』
桜もそう思っていた。
春子は、快活で陽気ではあるものの顔は桜に瓜二つだった。
『初めは、お前を追い出してやろうかとも考えた。冷たくしていれば、離縁を切り出されるだろうと。しかしお前は呪いに苦しみながらも、精一杯妻としての務めを果たそうとしていた。それに母も春子も大事にしていた庭に、愛情を注いでくれた。私はそれがどうやら、すごく嬉しかったようだ』
桜が嫁いで来たその日、庭の綺麗な花々に心を救われたような気がした。
暗い家の中で、そこだけは黒稜が大事にしていることが一目で分かった。だからこそ、黒稜の大事なものを桜も大事にしたいと思い、丁寧に世話をしたのだ。
『桜は気が付いていないと思うが、私は桜を警戒していた。こんなあやかし屋敷と呼ばれる家にわざわざ嫁いで来るような人間が、まともとは思えなかったからだ』
「それは…」
桜には居場所がなかった。例えあやかしに喰われることになったとしても、桜は北白河の家を出ざるを得なかった。
『分かっている。桜がどんな扱いをされてきたのかも。それなのに私は、自分のことばかりで、懸命に生きる桜から目を背けていた』
大切な人を失い、自身もあやかしとなってしまったというのに、他人を思いやることなど到底無理だろう。桜がそのような立場であったならば、黒稜と同じような態度を取っていただろうと思う。
気持ちが分かる、などど簡単に口に出来るようなことではなかった。
桜も目の当たりにしているが、黒稜の心情は図り得ないものであった。
『…私には、自信がなかった…』
「え……?」
黒稜は自嘲気味に笑う。