音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました


「で、雪平の倅からはなんと?どうせまた手掛かりはなかったという情けない報告なのであろう?」

 黒稜は相変わらず李央に対しては辛辣な言葉を投げる。
 黒稜にとっては仕方のないことではあるが、桜は少し苦笑いを零しながら、手紙の内容を改めて確認する。
 先程は朝餉の準備をしていたため、しっかりと目を通すことが出来なかった。
 今回も特に情報はないかな、と思いつつ丁寧に読み込んでいると、ある一文で桜の目が止まった。
 桜の目はみるみるうちに見開かれ、今度はごしごしと目を擦る。
 桜のようすがあまりに普通ではないので、黒稜は桜の横からひょいと手紙の内容に目を通した。

【直接会って話したいことがある、明後日(みょうごにち)、月が昇る頃にそちらに伺う】

 李央にしては慌てたような乱雑な字で、何かあったことが示唆される。
 不思議に思いながら手紙を見ていた桜は、黒稜が傍にいることに気が付かずに顔を上げ息をのんだ。
 その美しい顔が、唇が触れそうな距離にあることに、桜は飛び上がった。
 桜の驚きように、黒稜は不思議そうに首を傾げる。

「何を今更驚くことがあるのだ?私の隣はまだ慣れないのか?」

 桜は少し頬を膨らませながら、黒稜に反論する。

「黒稜様は、乙女心というものが、分かっていないのです!」

 桜の精一杯の反論に、しかし黒稜はやはり首を傾げるばかりだった。
 桜にとって黒稜の傍はもちろん落ち着く場ではあるのだが、ドキドキするものはするのである。
 桜はわざとらしくこほんと一つ咳払いをして、話を戻した。

「李央様が、訪ねていらっしゃるようです。手紙の日付は、一昨日のものですので、いらっしゃるのは、本日の夜かと」
「わざわざ来ると言うのだから、何か情報を持ってくるのだろうな?」
「うーん…多分…?」

 李央は相変わらず飄々としていて読めない人間だ。
 本当にちゃんとした何かの情報があるのかもしれないし、ただ単に遊びに来るだけかもしれない。
 桜も黒稜もそれが分かっているので、特に大きな期待はしていなかった。


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