音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
最終章 音のある世界
それから数日後の暖かな春の日。
桜も満開に咲き誇り、綺麗な花吹雪となって宙を舞っている。
そこに桜の花をあしらった着物を身に纏った桜と、藤色の着物を纏った黒稜が、中庭の大きな桜の木の前で仲睦まじく寄り添い合っていた。
「綺麗だな」
「はい」
あれ以来、すっかり聴力の戻った桜は、初めて聴く黒稜の声に、少しの衝撃をおぼえた。
「えっ、黒稜様、少し声が違いますっ」
「そうなのか?」
桜の耳に届いていた黒稜の声は、あやかしの力によって聴こえるものだった。
普段の声と遜色ないものと思っていたのだが、昼間に聴く人間の黒稜の声は、夜とは違って柔らかく温かみのある声だった。
「黒稜様の声ってもっと冷たかったような気がします」
桜の言葉に黒稜は眉間に皺を寄せる。
「冷たくて悪かったな」
「あ、えっと、そう意味では…っ」
黒稜も桜と過ごすうちに心の傷がほぐれ、穏やかになったのもしれない。
そうであったらいいと、桜は強く思う。
少し機嫌を損ねたようすの黒稜にどういったものかと戸惑う桜。
そんな桜を見ていた黒稜は、ふっと表情を緩めた。
「冗談だ」
「もうっ!からかわないでくださいっ」
「桜があまりに可愛くてついな」
「うう…」
ストレートに気持ちを伝えてくる黒稜に、桜は返す言葉がなくなる。
桜の陰陽師の力は、以前と同じとはいかないまでもある程度の術は使えていた。
二年以上丸々その力を使ってこなかったせいか、強い術式は使えないが自分の身を守るくらいの札なら問題なく使えるようだった。
しかし黒稜の方はというと、半分人間、半分あやかしのままだった。
こればかりは桜の祈りの巫女の力をもってしても黒稜を人間に戻すことはできなかった。
前例もほとんどなく、解術式も存在しない。
人間の血とあやかしの血が混ざりすぎていて、桜の力ではどうしようもなかった。
黒稜は苦笑気味に言った。
「これは私の咎だ。無関係の春子を巻き込んでしまったこと、助けられなかったこと。私はその咎を背負って生きて行かなくてはならない」
憎いあやかしの血が自らに流れたまま、黒稜はこの先も生きていく。
「私も、一緒に背負います」
桜は黒稜に寄り添い、桜の木を見上げる。
黒稜は穏やかに微笑みながら、桜を抱き寄せる。
「桜、これからもずっと傍にいてくれ」
「はい、黒稜様」
二人は静かに唇を重ね合わせた。
そんな二人を、嬉しそうに見守るあやかし達。
呪いの一件から御影の屋敷に寄り付かなかったあやかし達も、桜と黒稜の温かな雰囲気につられてひょっこりとやってきたようだった。
中庭の花壇の花々も嬉しそうに咲き乱れ、桜と黒稜の婚姻をいつまでも祝福していた。
終わり