音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
それからも桜の聴力は戻ることなく、桜と弥生は、十七歳の誕生日を迎えた。
この国では、十七歳が結婚適齢期である。
当然、陰陽師として数々の功績を成し遂げている弥生には、結婚の申し出が山のように来た。
桜が聴力を失ってすぐに、道元は北白河家の力を継ぐのは妹の弥生だと発表したので、北白河の力と財力を手に入れたい陰陽師の家系はこぞって弥生に求婚の申し出をした。
長女である桜には、もちろんそんな手紙は一通も来ることがなかった。
当然だ。優秀な陰陽師の血筋とはいえ、今は何の力も使えず、あまつさえ聴力さえ失ってしまっているのだ。そんな生活すらままならないような面倒な娘に、嫁ぎ先など見つかろうはずがなかった。
「ねえねえ見て!お姉ちゃん!この人超かっこよくない!?」
弥生は毎日送られてくる求婚の手紙を、楽しそうにチェックしていた。
「結婚するなら、やっぱり顔はこれくらいかっこよくないとねぇ。あ、でもここの家柄、陰陽師としてはだめだめの家系じゃん。それは無理だわー。いざとなった時、なんなら弥生のが強そうだもん。もっと力のある頼れる人じゃなきゃ無理!」
あれはだめこれはだめと文句を付けながら、弥生は手紙を投げ捨てる。
桜はそれを丁寧に畳み直し、机の上に置き直す。
(せっかく想いを込めて書いてくださったものなのに…)
そう思ってはいても、到底口に出すことなどできない。
桜は今やただの弥生の世話係だ。注意をしようものなら、すぐに両親にチクられ怒鳴られることだろう。聴こえてはいなくとも、怒鳴られるのは嫌なことだ。聴こえなくなったからこそ、人の感情の機微にも聡くなった。少しの空気の揺らぎで、その人が怒っていることが分かるし、桜のことをうんざりと思っていることがひしひしと伝わってくるのだ。
(私の人生は、一生このままなのかな…)
家族から疎まれ、妹の世話係として生きていくのか。
(誰か、誰でもいい。この世界から、私を連れ出して……)
桜にはもう、そんないるはずもない誰かに頼ることしかできなかった。
次々に投げ捨てられる手紙を拾っていると、手紙を漁っていた弥生が勢いよく立ち上がった。
「うそ!信じられない!!この手紙!お姉ちゃん宛てなんだけど!!」
弥生の叫びとともに、手紙が桜の眼前に掲げられる。
そこにははっきり、「北白河 桜殿」と達筆な字で書かれていた。
桜はその文字に目をぱちくりさせる。
(え?私宛に手紙…?本当に?)
到底信じられるはずもない。今まで一通も桜宛ての手紙など来たことがなかったのだから。
弥生はバタバタと部屋を出ると、道元と文江のもとへと走った。