音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
「お父様!お母様!お姉様に求婚のお手紙が来たの!」
弥生の報告に驚いた道元と文江は、桜を道元の書斎へと呼び出した。
道元の書斎へと入った桜は、その得も言われぬ空気感に背筋が凍った。
桜を見る道元や文江の目は、いつも冷ややかか、または釣り上がっているかのどちらかだった。目元に皺を寄せ、微笑んでいるような表情を見るのは、実に桜の力が失われる前以来のことだった。
「桜、良かったじゃないか!」
道元の口元が、そうはっきりと喜びの言葉を形作った。
「え…?」
「これで桜は北白河家を出て行ける。いい理由が出来たじゃないか!」
(いい、理由…?)
「崇高なる北白河家の長女が、陰陽師になるわけでもない、嫁に行くでもないでは、世間からどう見られるかと案じていたが、これはいい」
道元の言葉に、桜は愕然とした。
道元も文江も弥生も、桜がお嫁に行けることを喜んだのではない。
北白河家のお荷物である桜を、どうにかして排除したかったのだ。
さっさと桜にいなくなってほしいのに、どうしたものかと手を焼いていたのだろう。
そこにちょうど都合よく、求婚の申し出があった。これほど楽なことはない。
嫁がせる、という名目で、桜を北白河家から追い出すことができるのだから。
「良かったね!お姉様!」
微笑む弥生と文江の表情に、桜の心がまた冷えていくのを感じた。
「で!お姉様なんかをお嫁にしたいだなんて、相手はどんな奇特な方なのかしら?」
弥生が嬉しそうに道元の手元の手紙を覗く。
道元はこれまた可笑しそうに笑った。
「これはこれは」
「お父様!もったいぶらないで教えて!」
弥生は楽しそうに道元を急かす。道元はまたさらに笑みを深くした。
「なんと御影家だと」
「みかげ!?」
その名前を聴いた弥生と文江は、馬鹿にしたような嘲笑うような表情を見せる。
(御影…)
桜もその名は聴いたことがあった。