音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
屋敷を掃除したり日々の家事をこなしているうちに、御影家に嫁いで早一週間が経っていた。
食事は一緒に取りはするが、それ以外は別々に過ごすことが多かった。
黒稜は日中、何か調べ物をしているらしく、書斎や倉に籠っている。
陰陽師として、あやかし退治の任が命じられれば外に出ることもあるが、そのほとんどは家で過ごしているようだった。
今朝は桔梗の花が綺麗に咲いていた。藤色の花が庭の一角を染め上げる。
(もう少ししたら、花瓶に生けて部屋に飾ろう。旦那様のお部屋にもどうかしら…)
同じ家に住んではいるが、相変わらず会話は少ない。
桜の耳が不自由なこともあって、黒稜に不便をかけるだろうと、桜からはなかなか話し掛けることができない。
この二年間、他愛ない会話さえせずに桜は過ごしてきた。
わざわざ筆を取るのも、それを待ってもらう時間さえ申し訳なくて、段々と口数が減ってしまった。
今日は桔梗が綺麗に咲いていますよ、とか、新鮮なお野菜が手に入って、とか、そんなちょっとした会話さえ、桜には労力のいることだった。簡単に話すことができたら、黒稜とも少しは打ち解けることが出来たのだろうか。
(この耳が、音を拾えさえすれば……)
幾度となく考えたことだった。
陰陽師としての力が使えなくなったのも、自分で発する祝詞が聴き取り辛いからかもしれない。
しかし桜にとって、陰陽師として生きていけなくなったことには、然程後悔はなかった。
そもそもあやかしを滅する陰陽師のやり方はあまり桜の性分には合っていなかった。だからこそ、人里に降りないよう山に返していたのだ。
あやかしにだって、いいあやかしはいる。全てのあやかしが悪さをするわけではない。
そう桜はずっと思っている。
ただ陰陽師として力を付けていくほどに、家族が喜んでくれること、それだけがやりがいだった。
今だって、少し家から離れれば、小さなあやかし達を見掛けることがある。
しかしあやかし達は桜を見ても何かをしてくることは全くないし、毛玉のようなあやかしにいたっては桜の足元をぴょんぴょんと楽しそうに跳ね回っていたりする。
そんな害のないあやかし達でも、やっぱり御影の家には近付いて来なかった。