音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
最初に訪れたのは呉服屋だった。
色とりどりの綺麗な着物が並んでいて、桜は入口の近くにあった薄ピンク色の着物に目を移す。桜柄で、優しい色合いだ。
それを見た黒稜が何かをお店の人に告げて、お店の人は嬉しそうに用意を始めた。
(もしかして、私のために買ってくれている?)
桜は慌てて黒稜を止めようとするが、黒稜はそれを手で制し、先程の着物に合う簪まで買ってくれた。
桜はまごまごとお礼を伝える。
「あ、ありがとう、ございます…」
黒稜は「別にいい」とでも言うように首を横に振った。
それからも桜の生活用品を次々に購入してくれた。
身一つで来てしまった桜は、ほとんど服を持っていなかったし、今着ている着物も相当古くなっていた。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで、桜は黒稜の後ろをちょこちょこと歩く。
歩きながら、少しずつ街の様子が変化していっていることに気が付いた。
(和装よりも洋装の人達が増えてきたような気がする…)
桜は生まれてこの方、和服しか身に着けたことがないが、待ちゆく人は少しずつ洋装が目立ってきた。男性も帽子姿をよく見掛ける。
街というのは、華やかであるがゆえに、暗さを感じる部分もある。
(あそこ…少し悪い気が溜まっている気がする…)
街中では人の悪い気が溜まりやすいところがある。こういうところから悪いあやかしが生まれるとも言われている。
桜がそちらに顔を向けていると、それに気が付いた黒稜が、小さく何か呟いた。
すると嫌な感じのするところが、すっと消えていった。
(すごい…こんなにあっという間に浄化できるなんて…)
さすが国お抱えの優秀な陰陽師だ。こんな些細な事、造作もないのだろう。
桜のきらきらとした眼差しに、少し居心地の悪そうな黒稜。
彼が次に桜を案内したのは、小さな喫茶店だった。