音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
三章 不思議な力
北白河家にいた頃からは考えられない程に穏やかな日々が続いた。
家からは手紙の一通も届くことはなかった。
当然だ。家族はみんな、桜を家から追い出したかったのだから。今更気に掛ける理由もないだろう。
決して愛されることのない結婚生活。
それでも桜にとっては、心穏やかな日々だった。
(黒稜様は謎多き方だけれど、私を邪険にすることはないし、最近は作ったご飯も積極的に食べてくださるようになった)
桜も作り甲斐があるほどに、黒稜は桜のご飯をもりもりと食べた。出会った頃よりも血色が良くなったように感じる。
(これが私の幸せ、なのかもしれない…)
有名な陰陽師の家系に生まれながら、何の力も持たなくなって、聴力さえもなくなってしまったけれど、この穏やかすぎる生活以外に望むことなんて、今の桜には何もない。
聴力が戻りさえすれば、陰陽師に戻れるかもしれないとか、お父様もお母様もまた期待してくれるんじゃないかなんて、何度も考えては苦しくなるだけだった。
それならいっそのこと、現状を受け入れて、ただ時に身を任せる方がいいのかもしれない。
(…今日もきれいに咲いている…)
庭の花に、桜は丁寧に水をやっていく。
庭一面に咲く色とりどりの花達。今日も気持ち良さそうに太陽へとその首を伸ばしている。
(私が来てから、ここの手入れは私に任されたけれど、以前は黒稜様が手入れしていたのよね)
お屋敷は荒れていたが、この庭の花だけは、桜が来た時から綺麗に咲き誇っていた。黒稜がよほど大切に手入れしていたのだろう。
以前は誰かが住んでいたらしい話を、この前桜は聴いた。
(もしかしたらこの庭は、その誰かが大事にしていたものなのかもしれない…?)
黒稜ははっきりと教えてくれなかったが、もしそうだとしたら、黒稜とどんな関係の人だったのだろうか…。
(いつか、訊ける日がくるのかしら…)
夫婦と言えど、契約結婚でしかない桜と黒稜だ。お互いそれぞれの境遇についてはまだ一切話していなかった。
(きっといつか、そんな日もくるでしょう)
桜は引き続き、家事に精を出した。