音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
「今日はあやかし退治の任を受けている」
箸を置いた黒稜は、桜にそう告げる。
「帝からの命だ。少し時間が掛かるかもしれない」
(帝様からの仕事…。ということは、力のあるあやかしがどこかに現れたのかしら…)
「分かりました、お気を付けて」
桜の言葉に、黒稜は何故かふっと笑った。
「そう気遣いの言葉を聴くのは、いつぶりだろうな…」
「?」
首を傾げる桜に、黒稜はしっかりと目を見て言った。
「しっかりと戸締りをしておけ。結界は張っておくが、油断はするな」
「はい」
「あやかしの気配は分かるだろう?何があっても、戸は開くな」
一晩空けるだけだというのに、黒稜にしてはやたらと何かを警戒するような口ぶりだった。
桜が御影家に嫁いで、黒稜が一晩家を空けるのは確かに初めてのことだった。
(一人になってしまう私を、心配してくださっているのかしら…?)
黒稜の心情は相変わらず分からない。
桜は力強く頷いた。
(あとはここだけね)
黒稜が出掛けたその晩、桜は早めに戸締りを済ませることにした。
最後に庭に面した渡り廊下にやってきて、桜は夜空を見上げる。
月がひどく綺麗な夜だった。どんな星明りも、その明るさにかなうことはない。
(そろそろ満月かしら…)
ふと桜は、ここに越してきたばかりの日に見た、夢を思い出した。
写真のように切り抜かれた、断片的な映像。
その中に、今の桜のように月を見上げる、男女の姿があった。
顔こそ見えなかったが、仲睦まじい様子だったように見受けられる。
(あの映像は、なんだったんだろう…?)
それからは一度も不思議な夢は見ていない。特に気にするようなことでもないのかもしれない。
桜は少し空を見上げ、そしてしっかりと戸締りを済ませた。