音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
何かあやかしのような気配を感じて目を覚ましたのは、眠ってからしばらく経ってからのことだった。
部屋中が真っ暗で、まだ夜も更けていない時間だ。
(この気配…あやかし…?)
黒稜が結界を張ってくれているから、家の中に入ってくることはないはずだ。
桜はゆっくりと起き上がって、神経を研ぎ澄まし、その気配に集中する。
確かにあやかしだと思って起きたのだが、なんだかあやかしとも違う感じたことのない不思議な気配だった。
(これは、いったいなに?何が近付いてきているの?)
桜は胸の前で腕をぎゅっと抱える。
今の桜は、悪いあやかしが現れたとしてもそれを祓う術が全くない。
天才陰陽師と言われた二年前と違って、桜は今ではただの普通の人なのである。
(黒稜様がいらっしゃらない今、あやかしに襲われたら、私は何もできない…)
身を守る術がないということは、こんなにも怖いことなのだと桜は今更ながらに痛感した。
そうこうしている間にも、あやかしに似た不思議な気配は、どんどんと屋敷に近付いてくる。
(この家に、入ってくるつもりだ……)
ゆっくりゆっくりと近付いてくる気配は、この家の玄関の方を目指して進んできているように思う。
(どうしたら……)
桜の額を冷や汗が流れた。
油断はするな、決して戸を開けるな、と黒稜は言っていた。
今日ここに何かしらのあやかしが来ることを予期していたのだろうか。それ故に警戒していたのだろうか。
桜がなすすべもなく部屋にいると、やはりその不思議な気配は、玄関の戸を平然と開け、そのまま中に入ってきた。
(は、入ってきた……!)
あやかしを恐れたことなど、今まで一度もなかった。
いかに強力なあやかしであろうと、桜はそれを退ける力を持っていたから。
でも今は違う。
桜が出て行ったところで、何ができるわけでもない。しかしそれは、この部屋にいてもまったく同じことだった。
どうせ食われるというのなら、ここにいても、玄関に行っても同じだ。
桜は覚悟を決め、ゆっくりと自室を出て玄関へと向かった。
桜が玄関に向かう間も、その不思議な気配は、玄関に入ったきり動く気配がまったくなかった。
桜は恐る恐る玄関を覗いた。するとそこにいたのは。
「黒稜様……!!」
傷だらけで壁にもたれ掛かる、黒稜の姿だった。