音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
桜は慌てて湯を沸かし、黒稜を自室に運んだ。
着物は血で汚れており、桜は申し訳なく思いつつも、上を脱がせた。
すると胸元に大きな傷があり、そのあまりに痛々しい傷から止めどもなく血が流れていた。
(なんて酷い怪我なの……!)
あやかしと対峙した時に受けた傷だろうか。黒稜はそれほどまでに強力なあやかしと闘っているのだろうか。
桜は気が動転しながらも、温かい布で傷口周りを拭き、何とか止血を試みる。
(血が止まらないわ…!どうしよう!どうしたら!!)
お医者様を呼ぶべきなのだろうけれど、桜にはそれができない。電話を掛けても、相手が何を言っているのか聴き取れないからだ。
黒稜は苦しそうに眉間に皺を寄せ、唸っている。
(黒稜様…!黒稜様…!)
桜には祈ることしかできなかった。
桜はありったけの気持ちを込めて、黒稜の傷口にそっと手を当てる。
(止まって!誰か!誰でもいい!黒稜様を助けて!!)
すると。
何か温かな感覚が手に宿って、それが微かな光となって黒稜の傷口を塞いでいく。
桜にはそう見えた。
(これは…なに……?)
桜が光に驚いている間にも、瞬く間に黒稜の胸の傷が塞がっていく。
呼吸も荒く、苦しそうだった黒稜の表情も、少しずつ和らいでいった。
(傷が、塞がった……?)
傷周りを暖かな布で拭き取ると、そこにあったはずの大きな傷は、もうすっかり跡形もなくなっていた。
よかった…とほっとすると同時に、桜は自分の手を穴が開くほどに見つめた。
(今のはいったいなに?私が、やったの…?)
陰陽師として、こんな治癒の術など習ったことがない。
そもそも陰陽道に治癒の術など存在しないのだ。
初めて目にした己の力に驚いていたのも束の間、強い眠気に襲われて、桜はそのまま黒稜の胸元で眠りに落ちた。