音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
桜も少しずつこの家に慣れてきたのか、今では穏やかな表情を浮かべることが多くなった。
甘い物を食べた時に見せる年相応な可愛らしい顔も、くるくると目まぐるしく変わる表情も、黒稜自身も気が付かぬうちに、黒稜の心の傷を少しずつ包み込んでくれていた。それに傷を癒してくれた恩もある。
(私のような者の傍に、このまま彼女を置いておいてもいいものだろうか…)
帝は夢見の力を持つ陰陽師だ。桜と黒稜の生活も、夢に視ていたはずだ。
二人が一緒にいることによって変わる未来も、知っているのかもしれない。
黒稜は浅く息をついた。
黒稜の境遇を知っていながら、帝は今までと変わりなく黒稜に接してくる。
急に結婚しろ、などと言ってきた時には驚いたものだが、一度言ったらきかないやつだ。黒稜は渋々その命に従った。
だがやはり、悪い話ではなかったのかもしれない。
「黒稜様、食べて、いらっしゃいますか?」
『ああ、食べているよ』
桜は穏やかな笑みを浮かべる。
陰陽師の力を失い、聴力を失った桜にとっても、ここが気楽な場所になればいい。
(いずれ、話さなくてはなるまい。私は本来、人並みの幸せを得られるような立場ではないのだから…)
黒稜は少しずつ決意を固める。
それによって桜が、黒稜の元を離れることになったとしても、黒稜には桜に話さなくてはいけないことがあった。