音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました
汽車や馬車を乗り継いで、伊豆に到着した桜と黒稜。
その街並みに、桜は感嘆の声を上げた。
「わぁ、ここが、伊豆…!」
桜と黒稜が住む街とは比べ物にならないほどの人と賑やかさである。近年人気なだけあって、人々が集まりやすくなっているようだ。
桜は嬉々として黒稜を見上げる。
「何か食べていくか」
黒稜の口がそう動いて、桜は「はい!」と返事をした。
どこを見回しても、目新しいものばかり。
桜は辺りを見回して、とあるお饅頭屋さんを見つける。
黒稜様、と呼びかけようとして、目の前の人にぶつかりそうになった桜を、黒稜は自分の方に引き寄せた。
桜の身体は黒稜の大きな身体にすっぽりと収まった。
「はしゃぐのはいいが、私の目の届く範囲にいろ」
「は、はい……」
桜の頬が朱に染まる。
幼子のようにはしゃいでしまったことも恥ずかしいのだが、黒稜に抱きしめられたことに驚いて、心臓が飛び上がった。
黒稜は何も言わずに桜の手を握った。
それに更に驚いた桜は、はじかれたように黒稜の顔を見たのだが、黒稜は特に気にしたようすもなく、すたすたと歩いて行く。
桜の鼓動がまた不規則なリズムを刻んでいて、妙に落ち着かなかった。